27-07 透明

「ねえ、モルモル。優芽ちゃんがどこにいるかってわかる?」

「もちろんだ」

 紬希は弾かれたように、モルモルがのっているはずの肩に顔を向けた。

 ダメ元で聞いてみたのに、こんな心強い返事を得られるとは。

 紬希の心に一気に光明が差した。

「良かった……案内して!」

「まっすぐ進んでくれ」

 モルモルからはいつも通りの平坦な声が返ってくる。

「わかった。……あの、モルモルは周りの様子って少しは見えてる? もし見えるなら、私が危険なところに行きそうになったら教えてほしいんだけど。穴とか、壁とか」

「承知した」

 犬死にの不安が幾ばくか解消されて、やっと紬希はおっかなびっくり足を踏み出した。


 視覚がなく、足裏から伝わる感触も乏しいここでは、歩くというのは大変労力のいることだった。

 地面も自分の足も見えず、つかまるところもないと、体の軸がふらふらと揺れて、まるで地面が波打っているみたいに感じる。

 自分がまっすぐ進めているのかも、やはりわからない。

 実は少しずつ横にそれて、同じところをぐるぐる回るコースを歩んでいるのかもしれない。

 でも、特にモルモルから進行方向を訂正されなかったので、紬希は両手を前に付き出し、一歩一歩足元を探りながら、用心深く前と思う方へと進んだ。


「ねえ、優芽ちゃんに会えて、みんなでここから出ようってなったとして、出口ってあるの?」

 真っ暗闇をおぼつかない足取りで歩いていると気がおかしくなりそうだ。

 正気を保つため、そして少しでも情報を得て不安を軽減するため、紬希はモルモルに話しかけた。

「ここは優芽のドリームランドだ。優芽が帰ろうと思えば帰れる」

「私のときもそうだった?」

「おおむね同じだ。あのとき、ムーは優芽にドリームランドに入らないでほしいと言った。ヘッブを用いれば入るのは容易だが、出てこられる保証はなかったからだ」

「……私、ヘッブを使わないでもここに入れたよ?」

「優芽はヘッブの力で自分のドリームランドに入る門を作った。ドリームランドに入りたいという強い意思をムーが食べ、そのヘッブで作った門だ。それはヒトではなくて、空間にヘッブを使ったということで、紬希はその門をくぐった。すなわち、紬希はここに入るのにヘッブを用いている」


 自分の精神世界に入るのに、自分とは無関係なところにその入口が開くとはおかしな話だ。

 でもモルモルからしたら何らおかしくない、当たり前に筋の通ったことなのだろう。

「じゃあ、私も帰れる保証はないんだ? だから出口は消えちゃったの?」

「帰れる保証はない。門は入口だ。出口というものは始めからない」



 モルモルの利己的な面をまたもや感じて、紬希はため息をついた。

 優芽は自分の生命を繋ぐ大事な食料源だから欲しいし守りたい。

 でも紬希の身の安全なんて、この生き物にはどうでもいいのだ。

 体よく利用された形だが、紬希は後悔せず、不思議と絶望もしなかった。


 出られなかった時はその時だ。

 妙に腹がすわっていて、紬希は自分で自分に驚いた。

 かつて優芽のことを、頼み事を引き受けるその時は無鉄砲なのだと思ったが、自分も大概だったらしい。


 しかしそうなれたのは恐らく、モルモルの頼みと紬希の望みが一致したからだ。

 自分自身のためにした自らの選択というものには、強い納得がともなう。

 強い望みと納得とが、不安の種がひとつでもあれば躊躇してしまうはずの紬希を突き動かしたのだ。




「そっか」という返事でこの話題は終わった。

 声がなくなると紬希はまた闇に包まれて、息苦しくなった。

 でも幸いモルモルに聞きたいことはまだある。


「優芽ちゃんの話だと、優芽ちゃんのドリームランドって確かに黒い空間だけど、自分の体は見えるんじゃなかったの? 私には何も見えないんだけど。それって私が部外者だから? それともドリームランドが変化したの? それか優芽ちゃんが虚ろになった影響?」

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