27-05 透明
「優芽ちゃんは一体……何を考えているの?」
激しい動悸とめまいに襲われながら、紬希はこらえきれずにうめいた。
同時に理解した。
魔法少女のことを覚えていられたのが紬希だけだったように、今、優芽のことを本気で心配できるのも、紬希だけなのだ。
紬希は優芽のドナドナーなのだから。
「紬希が来てくれたのが、手遅れになってからではなくて良かった。ムーが仮死状態になってからでは、こうして話すこともできなかった。頼む、優芽を助けてくれ。ムーはドナーを失いたくない」
モルモルの言い方に、どこまでも利己的なものを感じて、紬希は悲しくなった。
あくまで、モルモルにとって優芽は食料であり、心配しているのは自身の生命なのだ。
お前が取り憑いたせいで優芽はこんなことになってしまったんだ、とドス黒いものがわき上がりそうにもなった。
しかし、違うのだ。
モルモルは地球外生命体で、ヒトの言葉を理解できても、ヒトのような心を持っているわけではない。
反対に、紬希だってモルモルと意思の疎通はできるが、そのヒトとは異なる常識や価値観をもろ手をあげて受け入れることはできない。
紬希がモルモルに親しみを覚えるのは勝手だが、モルモルがそれと同じ心理的距離感でいないからといって、責めるのはお門違いなのだ。
それに、そもそもモルモルを受け入れたのは優芽だ。
優芽には拒否権があった。
でも彼女はモルモルのドナーになることを選んだ。
モルモルに非はないのだ。
「……どうしたら助けられるの?」
黒い気持ちを飲み込んで、紬希は話を前へと進めた。
「紬希は優芽のドナドナーだ。優芽のドリームランドに入って、優芽に会ってくれ。幸い優芽のドリームランドはここから直接入れる」
モルモルは頭上の黒い裂け目を手で指した。
「でも、会うだけじゃ助けられないんでしょ?」
「そうだな。でも会わなければ何もできない。優芽のドナドナーをムーは紬希以外に知らない。頼む。ムーは優芽を弱らせてしまうだけで、助けることはできない」
助け方はとんとわからない。
助けられるという自信もない。
でも、助けたいという気持ちは、巨大な不安をいとも簡単にひっくり返すほどに溢れている。
「……わかった」
「感謝する」
紬希が承諾すると、モルモルはすぐに礼を述べた。
改めて、紬希はベッドの上に浮かぶようにして存在している黒い裂け目を見た。
大体一メートルほどの縦の裂け目は、細長い楕円形のようで、上下の端は尖っている。
尖っているといっても、その先端はきれいに一点に集約されているわけではなく、割れた筆先のように不揃いだ。
横幅は何センチとは言いがたい。
というのも、裂け目をいろんな角度から見てみると、どこからでも裂け目があいているのだ。
二次元的な裂け目なら一方向から見たときの幅を測ればいいが、これは違う。
でも強いて言うなら十五センチくらいだろうか。
人間が通るには不安を覚える幅だ。
ベッドに上がり、紬希は膝立ちのまま裂け目に手をかけてみた。
三六〇度裂け目の入り口という不可思議な構造をしていたはずなのに、紬希の手は裂け目の縁をつかみ、押し広げることができた。
これなら苦労せずに入れそうだ。
足を踏み入れる前に、紬希は優芽が度々していたように、モルモルを自分の肩にのせることにした。
自分とこの小さな生き物とでは歩幅が違いすぎて、一緒に移動するのも大変だ。
それに食料供給の断たれたモルモルは、なるべく体力を温存しておいた方がいい。
紬希がモルモルに触れるのは、これが初めてだった。
見た目どおり、その黒い長毛はごわごわとした感触で、全然癒されない。
しかし、抱き上げてみて驚いた。
ずんぐりむっくりな体つきとは裏腹に、まるで空のプラスチック箱みたいに軽いではないか。
お陰で肩は疲れずに済むが、その異様な軽さに紬希は混乱すら覚えた。
毛の奥にある丸い体には脂肪が蓄えられていて、ぽよぽよしているのだとばかり思っていた。
だが、この軽さは脂肪どころか、骨も筋肉も内臓の存在すらも疑ってしまう。
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