27-04 透明

 モルモルのドナーとなることで負うリスクは二つ。

 ヘッブの暴走と虚ろだ。

 暴走は、モルモルに提供した「夢」に釣り合わない想像を現実化しようとしたときに生じ、最悪の場合、命を落とす。

 虚ろは、優芽が未来への意欲を失って、モルモルに一方的に食われることで起こる、ぬけがらのような状態だ。


「でも、どうして虚ろに……?」

 優芽が虚ろになるのはあり得ないことのはずだった。

 彼女が誰かの役に立ちたいと思わなくなるなんて……。

「わからない。徐々に徐々に弱っていった。ドナーはひと度ひどく弱ると、回復が難しい。上向くための意欲をムーが食べるからだ。今は、すでに提供された下向くための意欲でムーは生き長らえているが、それもいつまで持つかわからない」

 紬希は戦慄した。

「優芽ちゃんは今どんな状態なの? 虚ろって具体的に何なの!?」

 ヘッブの暴走は最悪の場合死に至るが、虚ろになると、どうなるのか。

 たまらなく怖いが、知らなければ始まらない。

 紬希は絶望を覚悟して身構えた。

「虚ろになると精神的なエネルギーが枯渇する。食欲や睡眠欲までもだ」

「それって……」

「優芽はドリームランドにこもっている。紬希、優芽を助けてくれないか? 紬希は優芽のドナドナーだ」


 もちろん助けたい。

 でも紬希は言葉に詰まった。

 自分にできることなんてあるのだろうか?



 超常の力には超常の力で対抗するしかない。

 今まで特に意識してこなかったが、自分は幸い、ドナドナーという例外の存在だ。

 ドナドナーはモルモルにとっての食料、つまり精神的なエネルギーをドナーに提供できるパイプを持っている。

 しかし、モルモルは言っていた。

 そのパイプを使えた者に、今まで一度も出会ったことがない、と。


 自分がパイプを持っている存在だと言われてもピンとこないのに、それを使うだなんて、まったくやり方がわからない。

 これでは優芽を助けるなんて無理だ。



「優芽ちゃんは、私みたいに現実から逃げるためにドリームランドにこもっているの?」

「わからない。ただ、優芽が急激に弱ったのは、ドリームランドに入ってからだ。優芽は自分から、自分のドリームランドを見てみたいと言ったんだ」

 紬希は眉をひそめた。

 どうして優芽はそんなことを言い出したのだろう。

 彼女はもう自分のドリームランドを知っているはずなのに。

 それとも紬希のドリームランドを見て、何か気になることでもあったのだろうか。



 事の発端には、自分の存在もあるのかもしれない。

 そんなふうに思い至って、紬希はぞわっとした。

 でも、考えることでその思いを振り払う。

「ねえ、モルモル。私以外のみんなから、優芽ちゃんに対する関心が急に薄くなったの。これも優芽ちゃんがドリームランドにこもっているのと関係があるの?」

 モルモルは首をかしげた。

「恐らくヘッブの効果だろう」

 想定内の返答だ。

 しかし、紬希は再び眉をひそめた。

「でもモルモル、優芽ちゃんが食事を提供できなくなったら、ヘッブは生成されなくなるんでしょ? なのにどうして?」


 それは以前モルモルが話したことだ。

 優芽が未来への意欲を失えばヘッブは生成されなくなり、二人は相利共生ではなくなる、と。


 モルモルは首を傾けたまま答えた。

「ドリームランドに入った後、優芽にはネガティブな気持ちが生じた。それから生成されたヘッブの効果が今も持続しているのだろう」

「優芽ちゃんは何を現実化しようとしたの?」

「虚ろが始まっていたし、何を、と言うほど具体的でも能動的でもなかったが……魔法少女の時と似たようなものだ。記録にも記憶にも残らない。それが結果的に、ヘッブの及ぶ範囲に近づいた者から、優芽に対する関心を薄める、という形で効果を発揮しているのだろう」

 紬希の眉間のしわがいよいよ深くなった。


 まずい。


 モルモルの説明は相変わらず不親切だし、優芽がなぜそんな願望を抱いたのかもわからない。

 でも非常にまずい。

 どう考えても不味すぎる。

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