27-02 透明

 とは言え、優芽のことを心配している一同にとっては悪い提案ではなかった。

 みんなは田沼に渡された大きめの茶封筒にこの二日間で配布された手紙を整えて入れ、ついでに封筒の外側には「どうした?」、「早く会いたい!」などのメッセージを書いた。

 そして学校が終わると、みんなで優芽の家へと向かった。


「マミさんとは会えるかにゃあ?」

「チャイム押して、マミさんは無理でも、家族から様子だけでも聞けたら良いよね」

 そんなことを話しながら一同は塊になって歩き、やがて宇津井家に到着した。

 インターホンやポストのついた門柱をぞろぞろと囲むと、彩生あきが通学リュックから封筒を取り出し、一歩進む。

 そして、インターホンを押す――と思っていた紬希は、思わず「えっ」と小さく声を漏らした。

 彼女は己の目を疑った。

 手を伸ばした彩生は封筒をカタンとポストに入れ、また一歩下がったのだ。

「これで良し、と」

「帰ろー!」

 さらに、誰もそれに異議を唱えない。

 紬希以外は役目を成し遂げたというふうにニコニコして、もう宇津井家から離れ始めていた。



 紬希はわけがわからなかった。

 今の今まで、みんな優芽に会えるかな、様子だけでも聞けるかなと言っていたではないか。

 なのに、どうしてインターホンを押さずに手紙をポストへ放り込み、さも当然のように帰ろうとしているのだろう。



「あのっ、直接手渡すんじゃなかったの!?」

 たまらず紬希はみんなに訴えた。

 けれど、振り返ったみんなはキョトンとしていた。

「直接? なんで?」

「なんでって……」

「手紙が届けばいいんだからオッケ~!」

 誰も真剣に取り合ってくれず、みんなはまた前を向いてしまった。



 紬希だけが立ち止まり、宇津井家の二階を見上げた。

 玄関側からは見えないが、優芽の部屋は二階にある。

 いま彼女は一体どんな状態なのだろうか。

 紬希たちが家の外にいることには気づいていないだろうか。


 宇津井家と、どんどん遠ざかっていくみんなの背中とを何度も見比べて、紬希は結局、後ろ髪を引かれながらもその場を後にした。




 しかし、その後も優芽は学校に来ず、メッセージを送っても既読すらつかない。

 紬希はあの時、大きな違和感を覚えながらも場の雰囲気に流されたことを激しく後悔した。


 だから、金曜日に田沼が「またプリントを届けてやってほしい」と言ったときには、すかさず自分が行くと手をあげた。


 どうやら前にプリントを持っていったあの日以来、みんなの中から優芽に対する関心は薄れてしまったようだ。

 まるで何かの魔法にでもかけられてしまったみたいに。

 紬希はそれが気味悪く、たまらなく恐ろしかった。

 何か見えない力が働いている。

 優芽の身に、何かが起きている。

 そう確信しつつも、「それでも明日になれば前と変わらない様子で登校してくるかもしれない」という一縷いちるの望みにすがって、今日まで過ごしてきてしまった。




 誰からのメッセージも書かれていない封筒を持って、今回、宇津井家の前には紬希ひとりが立っていた。

 他のみんなも一緒に行くとは言ってくれたのだが、それは紬希がひとりだと心細いだろうという、紬希に対する気づかいから出たものだった。

 優芽に対する気持ちからではない。

 紬希はその申し出を丁重に断って、あえてひとりで優芽を訪ねることにしたのだった。



 ごくりと唾を飲み込み、前は押しそびれたインターホンを押す。

 ピンポーンと鳴って、無音が続いた。

 もう一度深々と押す。

 だが、やはり応答はない。

 紬希は二階を見上げた。


 おかしい。


 改めて見てみると、宇津井家の駐車スペースには車が一台もなかった。

 両親は留守なのだろう。


 紬希の中に、いくつかの可能性が思い浮かんだ。

 優芽は入院か通院で家にいない。

 家にいるが、寝込んでいて応答できない。

 寝込んでいないが、あえて応答しない。


 しかしどの可能性も、クラスメートの異常な変化を説明することはできない。

 むしろ、半ば強引であっても、それらは紬希の中では最悪の事態を裏付ける証拠に変換された。

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