26-16 反転の里

 優芽がまっすぐな視線を向けて見守る中、紬希はうめいた。

「私、同じ失敗を未来永劫くり返すと思う。せっかく色眼鏡を外してもらっても、何度でも世界を暗く歪めて見てしまうと思う。……それでも、みんなみたいに上手に生きたいって夢見ずにはいられなくて、一喜一憂、一進一退を永遠にくり返していくんだと思う。……だけど、そんな面倒くさい私だけど――」

 紬希がかすれ声でささやいた。

「――そばにいてくれる?」


「……当たり前でしょ!」


 ようやく紬希の目がしっかり開いて、彼女は優芽の方を向いた。

 二人の視線がまっすぐ結びついた、その瞬間。

 ウロがツヤッと光ったかと思うと紫黒しこくの球体になって、紬希を包み込んだ。


 驚愕した優芽が叫ぶ間もなく、それは力を失ったかのように落下していって、くすのきの根本にぶつかった。

 ぐしゃっと黒い汁が飛び散る。

 優芽は目を剥いて、声の出ないまま悲鳴をあげた。

 そのこわばった体に無理矢理力を込めて、弾かれたように紬希の元へ駆け出した。

 潰れた球体からは黒煙のようなものが上がっている。

 それが大気に拡散していくにつれて、球体はほどけるように消えていった。


 まさか、まさか――


 最悪の事態を想像して、優芽は気が狂いそうになった。

 球体の消えた後に、何か塊が横たわっている。

 それの表面を覆っていた煤のようなものも霧散して、紬希の顔があらわになった。


「紬希っ!」

 優芽は倒れている紬希に飛びついて、必死に体を揺り動かした。

 煤から現れた彼女はもうあの喪服みたいなセーラー服は着ていない。

 かけはしのブースでボランティアをしていたときの私服に戻っていた。


「紬希? 紬希、紬希っ!」

 何度も名前を呼び、優芽は紬希が目を覚ましてくれることを切に願った。


「う……」

「紬希っ!?」

 紬希の眉間にしわが寄った。

 ゆっくりとまぶたが開かれ、その目が優芽をとらえる。

「……優芽ちゃん」

「紬希!」


 生きていた!

 それがわかった途端、優芽は大声をあげて泣きじゃくっていた。



---



「なんか、憑き物が落ちたみたい」

 紬希になだめられて優芽が平静さを取り戻すと、紬希はそんなことを話した。


 二人はご神木に背を預けて座っていた。

 そんな二人を邪魔しないためか、モルモルの姿は見当たらない。

「私、スピーチコンテストの本番が終わった後、なんていうか、おかしくなっちゃって」

 紬希はぽつりぽつりと、自分がどんな状態だったのかを語り出した。


 理由もないのにひどく悲しい気持ちだったこと。

 そんな壊れた精神が世界のすべてを悲観的に見せ、自分を落ち込ませ、否定させ、失敗ばかりしている感覚に陥らせたこと。

 頭ではそれが筋の通らない感情であるとわかっていて、楽しいと感じたり笑ったりして、いつも通り振る舞うこともできたこと。

 でも、どうしても異常な偽物の感情を心から締め出せなかったこと。


「ものすごい緊張から解放された後だったから、その反動が来たんだと思った。我慢していればそのうち治るだろうと思ってたんだけど……ごめん、迷惑かけちゃったね」

「そんな! 紬希が限界になるまで気づけなくて、あたしこそごめんね。もっと心配させてくれて良かったのに」

 紬希は首を振った。

「あんなの誰にも気づけない。私だって何が何だかわからなかった。……だからね、ヘッブが暴走したのは優芽ちゃんのせいじゃないよ」


 うかがうように視線を向けられて、優芽はきょとんとした。

 紬希のしてくれた話が、なぜその話に繋がったのかピンとこなかったのだ。

「優芽ちゃんがヘッブを渡さなくても、私はきっとこうなってた。それが現実の世界か、ドリームランドかってだけで」


 自分のことで精一杯で、普通は他人に気づかいなんてできないだろうに。

 優芽は、自分がご神木に向かってした懺悔を紬希が覚えていて、それに対する慰めの言葉をくれたのだと思った。

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