26-14 反転の里
「私にとって外の世界はすごく疲れる。みんなは全然そんなことないのに……そういう自分が嫌で仕方がない!」
大きくなった涙の粒は、重力に従うでも頬を伝うでもなく、目尻を離れて空中に散らばっていった。
「人と関わるのは怖い。正解はわからないし、いつも上手くいかない。意識すればするほど自分が無くなっていって、本当の自分なんて誰も知らない。なのに周りには合わせられなくて、馬鹿みたい」
感情を発露させる紬希に、優芽はただただ驚くことしかできなかった。
紬希が人と関わるのが苦手なのはわかっていた。
不安や緊張を感じやすいのも知っていた。
でもそれが実際にどれほど彼女をつらくさせているのかは、真剣に想像したことがなかった。
それに、紬希と自分やクラスのみんなは上手くやれていると思っていた。
だけど紬希にとっては、自分たちさえも不安や緊張の対象で、彼女をつらくさせ、疲れさせる存在にすぎなかったのだろうか。
紬希とは親友だと思っていたのに、それは一方的な、思い上がりだったのだろうか。
「外と違って、この世界には正解がある。ハッキリとした役割がある。それさえ果たしていれば、迷う必要も悩む必要もない。不安にがんじがらめになることもない。……気楽に人と関われて、考えるよりも先に行動できて、物事に自分からチャレンジしていける優芽ちゃんには、私の気持ちなんてわからないでしょう!?」
紬希はぼろぼろと涙をこぼし、泣いていた。
ああ、これが素直になった紬希なのだ。
優芽はそう悟った。
彼女は他人を不快にさせまいと、迷惑をかけず自立していなければと、自分を抑圧して過ごしてきたのだ。
でも、と優芽は思う。
その我慢の部分だけが本当の彼女というわけではないはずだ。
それは自身を偽って生きてきたということと同義ではないはずだ。
普段優芽たちが見ていた紬希も、今感情をむき出しにしている紬希も、どちらも本当の紬希だ。
「…………うん」
返す言葉が思いつかなくて、優芽は視線を落として、小さく頷いた。
わかるよ、なんて言うのは逆ギレみたいなものでしかない。
反対に、わからない、と言うのもなんだか違う。
「だから私は帰りたくない!」
「……うん」
「一緒になんて行きたくない!」
「……うん」
「元の世界になんて、戻りたくない!」
「……うん」
紬希が口をつぐむと、辺りはシンとした。
風も一切吹かず、山も無言だ。
そんな沈黙が永遠に続くかと思われたとき、唐突に紬希がポツリと言った。
「…………違うの」
優芽は顔を上げた。
紬希の顔は苦悶に満ちている。
「本当は元の世界で上手に生きていきたい。でも、できない」
優芽はハッとした。
「……あたしに何かできることはある?」
紬希は首を振った。
「無理だよ。これは私の問題で、誰かにどうにかしてもらえることじゃない。自分自身で折り合いをつけていくしかない」
「無理……か。そうだよね」
優芽は唇を噛みしめた。
紬希を助けたい一心でここまで来たが、やはり自分は空っぽで、せっかく本音をさらけ出してくれている彼女に提案のひとつもしてあげることができない。
今まで面倒くさい、できない、と思考することから逃げ続けてきたツケが回ってきたのだ。
紬希の中では今、相反する感情がせめぎあっている。
自分が正しい言葉をかけてあげられるかで、彼女がどちらの気持ちに傾くかが決まるのだ。
そう思うと、優芽は足元がおぼつかない感覚に陥った。
失敗することがたまらなく怖い。
紬希はもしかして、こういう気持ちを繰り返し味わってきたのかな……。
間違えることに怯えながら、優芽はやっと、紬希の抱えているものに共感できた気がした。
それは彼女が抱えているものの、ほんの一部にすぎないのだろうが。
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