26-13 反転の里
優芽が叫んでも、紬希は膝に顔をうずめたまま、ぴくりともしない。
まるで液体の中でたゆたっているかのように、丸まったまま微かにゆらゆらとしているだけだ。
頭が下なのに不思議と髪の毛は垂れ下がらず、セーラー服の襟もタイもスカートも、体にそっている。
学校の制服とは違って、そのセーラー服は白と黒の二色だった。
白は眩しいくらいに白く、黒は吸い込まれそうなほどに黒い。
どことなく喪服を連想させられる色合いに、優芽はドキッとした。
穴の中が暗い、もとい黒いからか、半袖から覗く紬希の腕も心なしか青白いように見えた。
「紬希?」
立ち上がって、再度声をかけてみた。
相変わらず紬希からの応答はない。
近寄ろうかとも思ったが、紬希のいるウロは見上げる位置にあって、あまり近づくと首が反るうえに姿も見えづらくなってしまう。
腕を目一杯伸ばしてつま先立ちをしても、触れられる高さではない。
「寝てるのかな? まさか……」
死んでる、なんてことはないよね。
言葉にするのも恐ろしくて、優芽は最後までは口にしなかった。
「あれがこの世界に閉じこもってしまった紬希の意識で間違いないな。木の中にいたから見つからなかったんだ。ドリームランドから出るよう説得できれば、裏返った紬希はまた裏返って元通りになる」
木の中にいた、というのは実質、紬希が木に姿を変えていたのと同じではないか。
服装だって見覚えのないセーラー服に変わっている。
しかし、今の優芽にそんな抗議は思い浮かばない。
優芽は、見上げるのが大変そうなモルモルを抱き抱えて、また肩の上にのせてやった。
「どうしたら答えてくれるんだろう」
「とにかく話しかけてみるしかないな」
立派な幹の中で丸くなっている紬希を見つめながら、優芽はどんな言葉をかけるべきか迷った。
そうして彼女が選んだのは、飾らない自分の気持ちだった。
「紬希、ごめんね。あたしが何も考えずにヘッブを渡したから、こんなことになっちゃった。これはヘッブの暴走なんだって。本当にごめんね」
反応はない。
「紬希なんだか元気がなかったよね。でも気分を切り替えたら大丈夫だって思った。それで、かけはしの後といえばしゃぼん玉だと思って、勝手にヘッブを渡しちゃった……」
やはり反応はない。
軽率な自分に腹を立てて口を聞いてくれないのだったらどうしよう、と優芽は少し弱気になった。
でも懺悔を終えて、優芽は今度は自分の気持ちばかりではなくて、紬希の気持ちにも踏み込んでみようと思った。
「紬希は今つらいの? ひとりになりたいの? あたし、紬希を助けたい。役に立ちたい。どうしたら力になれる?」
しかし、聞こえるのは木々の葉が擦れ、揺れた竹が身を打ち合う音だけだ。
「一緒に帰ろう、紬希!」
そのとき、紬希がほんのわずかに身じろいだ。
「私はここを離れられない」
優芽は目を見開いた。
紬希が返事をくれた。
「……どうして?」
「私には役目があるから」
身じろいだときに少しだけ見えるようになった紬希の顔は、両目ともが閉じられていた。
「私がここにいないと里の人が困っちゃう」
宮司によると、ジンチュウ様は里のために自らを犠牲にし、神と人とを結んだ存在ということだった。
でも、優芽はおかしいと思った。
「紬希、神社の中を見たけど、神様はいなかったよ。
「私さえここにいれば、里の人たちは幸せに暮らせるの」
「紬希! 誰のための犠牲になってるの? 我慢しなくていいんだよ!」
こんなのは間違っている。
紬希が柱になっていても、社殿に神様はいない。
いたずらに自分を犠牲にしているだけだ。
「一緒に帰ろう! 元の世界に戻ってみんなで遊んだり、かけはしに行ったり、楽しいこといっぱいしようよ!」
「帰りたくない!」
今まで淡々としゃべっていた紬希が、ピシャッと叫んだ。
膝をギュッとつかみ、目を閉じたままつらそうな表情を浮かべている。
「優芽ちゃんにはわからないよ、私の気持ちなんて」
その目尻にみるみる涙がたまっていって、優芽は動揺した。
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