26-12 反転の里

 階段を駆けおり、あっという間にくすのきの前に戻り、大声で呼びかけた。

「紬希ー! いるなら返事して!」

 しかし、何も反応はない。

 声は山林に呑み込まれ、彼女の荒い呼吸だけが残った。


 それが整うのを待たず、優芽はご神木をぐるっと回り込んだ。

 裏側にも紬希はいない。

 上を見上げてみたが、そこに腰かけている様子もない。

「モルモル、紬希は紬希の姿のままなんだよね?」

「そうだ」

 でも、紬希はいない。


 紬希が閉じこもっているのはここではないのだろうか。

 だとしたら、もう当てもなく山に入り、草の根を分けて探すしか優芽にできることはない。


 お守りが応えてくれることを期待して、ご神木にも二礼二拍手一礼してみたが、今回はそれが震え出すことも、紙に答えが浮かび上がってくることもなかった。

 優芽は周りを取り囲んでいる鎮守の森を、そしてさらにその奥に広がる深い山林を見渡して、放心した。

 こんなにも広い範囲を自分だけで捜索するのは無理だ。

 しかも、里の四方に壁のようにそびえている山を越えれば、そこにはまた新たな世界が広がっているのかもしれない。

 もしそうなれば、捜索範囲は際限がなくなってしまう。


 めまいを覚えて、優芽はその場にへなへなと座り込んだ。

 暗がりからそよ風が吹いてきて、辺りの草木がざわざわと揺れる。


 呑み込まれてしまいそうだ。

 圧倒的な自然に、ひどい無力感に。


「紬希、助けて……」

 紬希の助けになりたくてここまで来たはずなのに、優芽はすがるようにそう呟いていた。

 紬希様~、と念じていたときのような余裕はもうない。

 ジンチュウ様は紬希であるという確信を支えに今まで頑張ってきて、ついに会える、と思ったのに彼女はどこにもいない。

 優芽の心は今度こそ本当に折れた。


 自分が紬希みたいだったら良かった。


 優芽はぽつりと、そう思った。

 空っぽな自分では、ここからどうすればいいのかまったく何も思いつかない。

 紬希は頭が良くて、勉強はもちろん、モルモルの話だって理解できるし、そこから得た些細な情報から、優芽には思いつきもしなかったヘッブの役立て方だって発見してみせた。

 例えば、魔法少女には優芽だけでなく紬希も変身できること。

 行方不明のフミ子さんを捜索できること。

 ヘッブの特化や媒介――


「あ」

 うじうじ思考が止まり、急に目の前が明るくなった。

 どうして今まで気づかなかったのだろう。

「そうだ。ヘッブで紬希を探せばいいんだ!」

 紬希のことならよく知っている。

 フミ子さんのときと違って、特化や媒介も必要ない。

「モルモル! ヘッブを使えば、探している人に会えるんだよね!?」

 肩に乗っていたモルモルが、ピョンと地面に飛びおりた。

「ああ。だが、ドリームランド内でどのくらい機能するかはわからない」

「お願い、力を貸して!」

 しゃがんで両手でモルモルの手を取り、優芽は深々頭を下げた。

 彼女には、もうこれに望みをかけるしかない。

「わかった。では、念じてくれ。紬希に引き寄せられたヘッブの行方はムーが見る」

 優芽は顔を上げて、モルモルの手をギュッと握った。

「紬希……お願い、出てきて……どこにいるの?」


 優芽が念じると、モルモルの視線が手元からご神木の方へと上がった。

 つられて優芽もそちらを見ると、ご神木の幹に何か黒い点が見えた。

 と思った次の瞬間、それは渦を巻くように大きくなり、空間が歪んでできたかのような紫がかった黒い穴が現れた。

 幹にできたウロのようなそれの中には、何かが浮いている。

 胎児のように頭を下にして丸くなった、セーラー服の女の子だ。

「……紬希っ!」

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