26-11 反転の里

 優芽はモルモルの提案を即時却下した。

 そもそも不法侵入自体がいけないのだが、社殿というのは奥に御神体が安置されている場所である。

 祈祷を受けるときは一番手前の拝殿に上がることもできるが、それより奥に一般人が入るのは言語道断だ。


 でも、だからこそ、優芽は本殿を覗いてみるべきなのかもしれなかった。

 もしジンチュウ様が紬希だというのなら、そこで紬希に会える確率は高い。


 ここはドリームランドなのだし、民家と同様に神社の本殿にだって、無断で入ったところで誰からも咎められはしないだろう。

 作法、作法でここまで来たのに、最後の最後でそれを破るのは解せない。

 しかし、試してみる価値はある。


 優芽は靴を脱いで社殿の階段を上り、ごくりと唾を呑んで格子戸に手をかけた。

 民家のとき以上に抵抗感が強いが、「紬希は目の前だ」と自分に言い聞かせて、腹を決めた。


 そろり、そろりと戸を開き、そーっと覗き込む。

 中は薄暗い。

「失礼します……」

 小声でそう呟いて、優芽は一歩、二歩、中に入ってみた。


 ささくれた畳に、劣化した壁。

 一面に埃が溜まり放題で、なんなら格子の間から吹き込んだのだろう枯れ葉なんかも落ちている。


 目が慣れてきて、奥の方に目を凝らしてみた。

 普通、社殿の中といえば奥の方が一段高くて、大きな神棚みたいになっている。

 でもここには一段高くなった所もなければ、お供え物も御神体すらもない。

「……どういうことなの?」

 ここには神様なんて、いないではないか。


 優芽はがらんとした社殿の中を見ながら考えた。

 他にも神社があるのだろうか。

 それとも、作法を間違えたがために狐に化かされたみたいな光景を見せられているのだろうか。


 戸惑っていると、それに応えるかのように、突然背後からホウキで地面をはく音が聞こえてきた。

 振り返ると、さっきまでは影も形もなかったのに、そこには浅葱色の袴をはいた宮司ぐうじがいた。

 地面を埋めつくしている落ち葉を一ヵ所に集めようとしているようだ。


 優芽は迷わず社殿から出て、宮司の元に向かった。

 もうドリームランドの住人は怖くない。

 ここは紬希のドリームランドで、この人もその一部なのだから。


「すみません! ジンチュウ様を探しているんですけど」

 優芽が声をかけると、宮司は一拍置いてからホウキを持つ手をとめ、顔を上げた。

「この神社の神様じゃないんですか? どうやったらお詣りできますか?」

 宮司はまっすぐな視線を優芽に向けたままホウキを丁寧に体の前で持って、しゃんと背筋を伸ばした。

「ジンチュウ様は神様じゃないよ」

「えっ?」

 優芽の口から声がこぼれた。

「ジンチュウ様っていうのは、この里のために自らを犠牲にして柱となった女の子のことだよ。神と人とを結んでくれたんだ」


 優芽は混乱した。

 ジンチュウ様はこの神社に祀られている神様だとばかり思っていた。

 しかし、社殿はからだし、宮司はそもそもジンチュウ様は神様ではないと言う。

 だったら、あの老婆の話は何だったのだろうか。


 そう考えたところで、そういえば老婆はジンチュウ様が神様であるとは言っていなかったことに気づいた。

 ジンチュウ様はソトからやって来た優芽と同い年の女の子を祀り上げたもの。

 祀るとか詣るとか言ったら普通は神様のことを指すから、優芽がそう思い込んでしまっただけだ。


「確かに神聖視はされているけどね」

「あの、ジンチュウ様をお詣りしたいんです。どこに行けばいいですか?」

 宮司は優芽が二度上った、石段の方を指差した。

「石段の手前に、しめ縄の張られた大きな木があったでしょう? あの木が少女の柱になった姿、つまりジンチュウ様だって言われているよ」


 ご神木のことだ!


 優芽はすぐに、天と地を繋ぐようにして立っていた、大くすのきを思い浮かべた。

「ありがとうございますっ!」

 ぺこっと一礼するや否や、優芽は走った。

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