26-09 反転の里

 今まで生きてきて、こんなに必死に拝んだことはない。

 懸命に願って、祈って。

 紬希のことを信じて。

 彼女自身か、彼女のドリームランドが手を差し伸べてくれるのを待った。


 そんな優芽をモルモルがツンツンとつついてくる。

「優芽」

「……何、今お願いしてるんだから話しかけないで」

「スマホが震えてるぞ」

「えっ、ここ電波あるの? 紬希からかな?」

 確かに、ショルダーバッグからバイブレーションが伝わってくる。

 拝んでいたら紬希から電話がかかってきた、なんてバカな話だとは思ったが、優芽は期待に胸を膨らませた。

 しかし、バッグを探った彼女は素頓狂すっとんきょうな声をあげた。

「あれ、スマホじゃない」

 彼女が取り出したのは、民家の父親がわざわざ追いかけてまで渡してくれたお守りだった。

 バッグから引っ張り出されると、それは震えるのをやめた。


 優芽はもうこのお守りを不気味に思わなかった。

 これは優芽のお願いに、紬希が応えてくれたのだ。

 彼女のくれた回答を見出だそうと、優芽はお守りを穴のあくほど見つめた。



「……ただの、お守り」

 だが、残念ながら何もわからない。

「お守りの中に何か入っているんじゃないか? 震えていたし」

「ええっ!? ダメだよ! お守りを開けたらバチが当たるんだよ? 知らないの?」

 モルモルの提案を優芽は反射的に退けたが、言いながらハッとした。

 お守りをよく見てみると、紐の結び目が普通と違う。

 通常は縁起の良いワンポイントみたいな結び方がされているのに、これはただの蝶結びでとじられていた。


 ならば、紐を切ることもなく簡単にほどくことができるし、中に手がかりがなければ、すぐにまた結び直すこともできる。

 たったそれだけのことが、お守りを開けるという行為のハードルを、ほんの少しだけ下げた。

「開けても……いいのかな?」

 鬼が出るか蛇が出るか。

 どうせ何もしなくても、ここで朽ち果てる運命だ。

 優芽は思い切って、紐をほどいてみることにした。



 中から出てきたのは、折りたたまれた紙だった。

 広げてみると、意外と大きい。

「紬希の字だ!」

 そこには几帳面な紬希の筆跡で、細かく文字が書かれていた。

「えーと? 進み方。階段をのぼったら手を洗うところがあるので……」

 読みながら、優芽はさっき石段を上りきったときに見た光景を思い浮かべた。

 どうやら社殿に向かう前には手水舎で手と口を清めなければならず、その手順もしっかりと決まっているらしい。


 紙には戻り方も書いてあった。

 鳥居の前で社殿の方を向いて、一礼すれば出られるらしい。

「そっか! じゃあ行きは、紬希のことを拝みながら無意識にお辞儀をしたから入れたんだ!」

 優芽は膝を打った。


「どうする? 戻るか? 進むか?」

「進もう。これがあれば、お婆さんに作法を聞きに戻らなくても大丈夫!」

 優芽はあの老婆に感謝した。

 詣るときの作法を聞いていかなかった優芽がこうなることを見越して、わざわざお守りを持たせてくれたのだ。

 お守りを届けてくれた父親にも感謝した。

 そして、そのキャラたちを生み出した紬希に、感謝した。

 紬希を助けに来たはずなのに、反対にたくさん助けてもらっている。


 何としてでも、紬希に会わなくては。


 優芽は決意を新たにして、二度目の石段に挑んだ。

 先ほどと同じガタガタの階段、上るほどに深まる山林の景色。

 まるで修行だ。


「思ったんだけど……もしかしてお願いすれば……紬希本人が……今すぐここに……出てきてくれたりしない?」

 切れ切れの息の間で、優芽はモルモルにそんな質問をしてみた。

 優芽が求めるたびにヒントが与えられるこの状況は、どこかで紬希が優芽たちのことを見ていて、意図的に導いてくれているのだと思えてならなかった。

 でもモルモルの返事は否だ。

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