26-06 反転の里
「これ、おばあちゃんから渡してあげてって言われて」
突き出された拳からぶら下がっているのはお守りだった。
「あの……」
「はいっ! 探し人、見つかるといいね!」
ためらっていると、父親はお守りを優芽の手に押しつけて、颯爽と来た方向に帰っていった。
「あの、これ――」
いりません、と引きとめようとして振り返ると、父親の姿はどこにもなかった。
遠ざかっていく背中すら見えない。
優芽はゾッとした。
民家のある上の方からは、いまだに俵積みをしている音が聞こえてくる。
ここが現実世界とは違うことを、優芽は改めて感じた。
「どうしようこれ……」
危険物を取り扱うみたいに、優芽はお守りの紐の一番先をつまんで、できるだけ自分から遠いところでぶら下げた。
現実世界の神社で売っているお守りとなんら変わらない見た目をしている。
赤いちりめん生地でできていて、中央には御守という金色の文字があった。
「もらっておけばいい。悪いものではない」
「そうだけど……」
お守りといえば本来は神聖なものである。
でも、さっきのスピリチュアルな話を聞いた後だと、持っているのがなんとなく怖いのだ。
「もらっておけ。ここは紬希のドリームランドで、それもこの世界の一部だ」
優芽はお守りをじっと見つめた。
紬希には全幅の信頼を寄せている。
このお守りが紬希の一部だというのなら、これも信頼できるもののはずだ。
「……わかった」
そう言って優芽はお守りをぶら下げるのをやめて、手のひらにのせると、そのままショルダーバッグにしまった。
モルモルを両手で抱え直して、再び二人は鳥居を目指した。
鳥居まではそう遠くない。
すぐに着いて、正面から今一度見上げてみると、それはただの神社の入り口ではなく、異世界へのゲートのように感じられた。
立派なしめ縄が張られ、大きな房と
その先には砂利道がのびており、
ここからは神の領域だ。
普段、初詣なんかに行っても神社はただの日常の延長でしかないのに、優芽はそんなふうにピリッとした気持ちになった。
意を決して、鳥居をくぐる。
と、違和感を覚えた。
「あれ?」
目の前には鳥居があって、左右には田んぼの脇道、後ろには一面の黄金が広がっている。
狐につままれたような気持ちで、もう一度くぐる。
また目の前に鳥居がある。
くぐる、くぐる、くぐる――。
「何これっ!?」
何度も試して、ついに優芽は悲鳴を上げた。
「入れないんだけどっ!?」
何度鳥居をくぐり抜けても、くぐる前の場所に戻っている。
優芽は途方に暮れて、鳥居を見上げた。
「どうしよう……。もしかしてあたし、紬希に嫌われてるのかな……」
神域へのゲートに拒まれ、しょんぼりと呟いた。
「ドリームランドは意識して作れない。特定の人物だけを通り抜けられないようにすることは不可能だ」
言われて、しょげた顔のまま、優芽はモルモルのシロクマ頭を見下ろした。
モルモルは確実な情報に基づいた、役立つ返事をくれただけだ。
でも、優芽的には「嫌われてなんかいないよ」と言ってもらえた方が何十倍も嬉しかった。
紬希に嫌われていると本気で思ったわけではなかったが、ここまで無情に振り出しに戻されると心が折れそうだ。
その心をなんとか奮い立たせて、優芽はいろんなくぐり方を試してみることにした。
右寄り、真ん中、左寄りに入ってみる。
パントマイムみたいに手を動かして空間を探り、何か裂け目のようなものがないか探す。
鳥居の外側左右を通ってみる。
小石を鳥居の上に放り投げて、乗せることに成功してからくぐる。
「……全滅だ」
考えつく限りのくぐり方を試してみたが、どれも上手くいかない。
優芽は今度こそ途方に暮れた。
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