26-05 反転の里

「あの、人を探しているんですけど……」

 父親は張りついたようなほほ笑みのまま、じっと優芽を見つめた。

「あの、あたしと同い年の女の子なんですけど、見てないですか? 心当たりありませんか?」

 視線を反らしたいのを堪えて、なんとか言い切った。

 父親はニコニコしたまま、なおも停止している。

 気まずい。

 背後でいまだに繰り広げられている踊りの音が大きくなったように感じた。


 奇妙な空白を置いてやっと、父親はおもむろに動き出した。

「おおい。この子が人を探してるんだって。同い年の女の子だって。誰か見た人いる?」

 他の家族の方を振り返って、そう聞いてくれた。

「女の子? さあ、見てないなぁ」

「知らない!」

「見てないよ」

 残念ながら、口々に返ってきた言葉の中に有力な情報はなかった。

 父親はまた優芽の方を向いて、申し訳なさそうにほほ笑んだ。

「ごめんね。誰も見てないみたいだ」

 優芽は慌てて手を振った。

「いえ! すみません、家族で楽しい時間を過ごしてるときに! お邪魔しました!」

 見ていない、知らないと言うのなら、家の中に紬希がいるということもない。

 優芽は居心地が悪くて、さっときびすを返すと、その場を立ち去ろうとした。


「もしかして、ジンチュウ様じゃないかい?」

 その背後から聞こえてきたのは、しわがれた声だ。

「ジンチュウ様……?」

 どういうことだろう、と思わず優芽は振り向いた。

 家族の視線は、縁側に出てきた老婆に集まっていた。

「お姉ちゃん、マロウドだろう?」

「いえ、宇津井優芽です」

 マロウドが何なのかわからない優芽は、大真面目にそう答えた。

 そんな優芽に、老婆はとびきり可愛いものを見たみたいな笑顔を向けた。

「優芽さん、と言うんだね。あのね、マロウドというのはソトから来た人のことだよ」


 ジンチュウ様に加えてマロウドとかソトとか言われて、さっそく優芽の頭は混乱した。

「ジンチュウ様はソトからやって来たマロウドを祀り上げたものなんだ。ちょうど優芽さんと同い年で、女の子だそうだよ」

 不気味な話に、優芽はやっぱり逃げ出したくなった。

 相変わらず頭の中はこんがらがっていて、何を言われたのかよくわからない。

 でも、最初から素直に神社に行けば良かったのだと思った。

 そのジンチュウ様とかいうのが紬希のことならば、わざわざこの家に来て話を聞くまでもなく、きっと出会えていた。

 神様は神社にいるものだ。


「ジンチュウ様に詣るには作法があってね――」

「あのっ、ありがとうございます! あたし、神社に行ってみますね!」

 宗教勧誘されているみたいで、もはや身の危険を感じる。

 優芽は最後まで話を聞かずに、そそくさと家の角を曲がって、元来た道を下っていった。

 上るときより楽だったはずなのに、心臓はいやにドキドキいっている。



「向こうからは干渉してこないんじゃなかったの……?」

 田んぼ脇の道まで戻って来てほっとすると、優芽はぶーたれた。

「優芽が話しかけたことで一連のイベントが発生したと考えてくれ。ひとりひとり同じことを問いかける手間が省けて良かったじゃないか」

 ひょうひょうとそんなことを言ってのけられ、優芽はモルモルを抱えている腕に軽く力を入れて、わざとキツくしてやった。

「モルモルとあたしの認識って、いっつも微妙にズレがあるよね!」

 言いながらクスッとして、優芽はすぐに腕をゆるめた。

 不思議な秩序のはたらくこの世界で、モルモルだけはいつもと同じ調子でそばにいてくれる。

 そのことが優芽には心強く、ありがたかった。


「優芽さん!」

「ヒッ!?」

 しかし、少しだけ和んだのも束の間、背後から声をかけられて優芽は飛び上がった。

 あの家の人が追いかけてきた!

 そう思って身がすくんで動けないでいると、声の主は駆け足で優芽の正面に回り込んできて、ニコッと何かを差し出した。

 あの父親だ。

 追いかけてきたわりには少しも息が乱れていない。

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