26-04 反転の里
「……じゃあ近くに行って紬希を探してもバレないんだ? でもなんかイヤだなぁ」
当たり前に守ってきたルールを破るのは、身体中がぞわぞわする。
悪いことをしている気分だ。
「ここは現実世界とは違う。あの人たちはRPGに出てくる村人のようなものだ」
モルモルの例えに、優芽は自分が、知らない人の間をちょろちょろと動きまわり、勝手に家にあがりこんで隅々まで探索する様子を思い浮かべた。
ただの犯罪者で、気が重くなる。
しかし、そうは言っても、紬希を見つけ出すためには行動するしかない。
優芽は鳥居にたどり着くと、それをくぐらず手前で左に曲がって、民家を目指した。
ちらっと自分が歩いてきた方向に目をやると、田んぼは今や、一面黄金の海となっていた。
どの稲穂も重たそうに垂れ下がって、ゆっくり揺れている。
まばゆい光景に優芽は目を奪われた。
「あたしが歩いてないところもいつの間にか秋の色になったんだ」
「豊作だな。これだけ実れば安泰だ」
自然の色合いとはこんなに濃かっただろうか。
空の青、雲の白、山の緑に、そして稲の金。
ひとつひとつが生命力に満ち溢れ、輝きを放っているように見えた。
しばし見とれて、優芽はまた民家を目指し始めた。
田んぼ脇の道が途中で二股に分かれ、そのうちの一本がぐるっと回るようにして家へと続く坂道になっている。
行き来が頻繁なのか、手入れされているからか、緑の斜面はその坂道の部分だけが地面をのぞかせていた。
小道の両側では草花が揺れている。
優芽はそこを少しだけ息を荒くしながらのぼっていった。
やがて家の側面に着き、そーっと角から縁側をうかがってみると、人々はまだ踊りを鑑賞していた。
父親とみられる男性が縁側の一番手前に腰かけ、その奥に子どもたちがいる。
子どもたちは行儀よく座っている子もいれば、踊りをマネしてピョンピョン跳ねている子、しゃがんで地面に絵を描いている子もいて自由だ。
母親はここからは見えないが、下から見たときに家の中で柱か何かに背を預けて座っているのが見えた。
「夢の中みたいに、紬希の姿が現実と変わっている場合ってあるの?」
紬希の姿は、家族の中にも芸人の中にも見当たらない。
優芽はひそひそとモルモルに聞いてみた。
「ない。紬希は紬希の姿のままだ。……家の中には入らないのか?」
モルモルに見上げられて、優芽はギクッとした。
家の中を探せば、まだ他にも人がいるかもしれない。
それが紬希である可能性もある。
でも、やはりどうしても抵抗感が強い。
「いくら現実じゃないって言っても、家の持ち主に無断で入るのはちょっと……」
「なら、断りを入れてから上がればいい」
「はあ!?」
うっかり大きい声を出してしまって、慌てて優芽はまた声を落とした。
「ここの人たちはあたしたちのこと見えないんじゃなかったの!?」
「見えていないが、こちらから話しかければ反応はくれる。こちらから干渉することはできるが、あちらからは干渉してこない、という意味だ」
まさにRPGの村人。
優芽はモルモルの言いたかったことを理解した。
モルモルに促されて、優芽はおずおずと家の角から表へと出ていった。
まだ踊りは続いているのに、それを楽しんでいる人との間にずかずか入っていって、声をかけるなんて非常識だ。
普通なら不快にさせ、怒りを買う。
いくら自分に「ここは現実ではない」と言い聞かせたところで、今から自分は失礼なことをするんだという気持ちは拭えなかった。
人々から少し離れたところで立ち止まる。
しかし、誰も優芽の存在に気づかない。
もう少し近づく。
やっぱり誰も気づかない。
ついに父親と芸人との間に立ったが、それでも優芽を気にする人はひとりもいなかった。
明らかに視界を遮っているのに、不思議だ。
腹を決めて、優芽は息を吸い込んだ。
「あの……」
その小さな声を発した瞬間、優芽と父親の目があった。
いきなり相手に認識されて、声がひっくり返りそうになる。
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