26-03 反転の里

 何かがあるとすれば、それは明らかに鳥居のある方だ。

「行こう」

 自分に言い聞かせるみたいにモルモルに言って、優芽は鳥居に向かって歩き始めた。

 すると、なぜだか彼女が通り過ぎた後の稲穂が黄金こがねに染まって頭を垂れていく。

「これは……どういうことなの?」

 歓迎されているのだろうか。

 それとも、そういうものなのだろうか。

「……豊かなところだな」

 モルモルは感心したようにそう呟いただけだった。



 朱塗りの鳥居を目指しながら、優芽にはもうひとつ気になるものがあった。

 鳥居から少し離れた小高いところに、どうやら民家があるのだ。

 近づくにつれ、それは石垣の上に建っているのだということがわかった。

 石垣の間からは草が生え、さらに近づくと地衣類のついた石肌は緑や白のまだら模様になっているのが見えてきた。

 家のまわりの斜面には様々な草が繁茂はんもし、すぐ後ろは山林だ。

 瓦屋根の大きな家屋の表側だけが唯一緑がなく、物干し台が置かれていて生活感があった。


 それを見上げながら歩き続けていると、民家には縁側がついているのもわかった。

 しかも何枚もある掃き出し窓を全部開け放って、大勢の人がそこに腰かけている。

 大人の男女に何人かの子どもの集まりで、仲良さそうな様子からして家族だろうか。

 家族は庭先で踊っている集団を楽しそうに眺めていた。

 小ぶりな米俵を持って踊っている集団だ。

 家の人々は洋服を着ているのに対して、その集団はみんな和服を着ていた。

 着物を膝より上の丈になるよう尻端折りして、たすき掛けをし、黒い股引きをはいている。



「門付だ。懐かしいな」

 モルモルが呟いた。

「カドヅケ? って、何?」

「ああやって家の前で芸をして報酬を受け取る。願いの叶った未来をあらかじめお祝いすることで、それが本当に現実になるよう祈るんだ」

「へえ……」

 優芽は立ち止まって、門付芸人の踊りをじっと眺めた。

「紬希って本当に物知りだなぁ。なんでこんなこと知ってるんだろう」

 精神世界にはっきり現れるほどなのだから、よほど馴染みのあるものなのだろう。

 優芽はそんなふうに考えた。

 でも意外なことに、モルモルは首を振った。

「そうとも限らない。どこかでたまたま目にしたのを、無意識に覚えていただけかもしれない。ドリームランドは寝るときに見る夢と同じで、意識して作れないからな」


 夢をコントロールするのは至難のわざだ。

 映画みたいに自分で見る内容を決められるわけではないし、起きているときには思いつきすらしないシチュエーションや言動、思考も当たり前の顔をして登場する。

 自分の脳ミソが作ったはずなのに自分ではどうすることもできず、放り込まれるしかない。

 このドリームランドもそういう類いの、制御のきかない場所なのだ。



 とは言え、この世界には隠された意味があって、夢占いみたいに解釈することができるのではないか。

 優芽はそんなことを連想した。

 田んぼに鳥居に古民家、和服の門付芸人。

 紬希のドリームランドには不思議なものがいっぱいだ。

 分析が苦手な優芽の思考はそこで終わったが、単純に考えたら日本的なもの、古風なものは、どこか紬希とリンクするところがある、ということなのかもしれない。

 真相は誰にもわからない。


「もしかして、あの中に紬希もいるのかな」

 門付芸人の俵積みを眺めているうちに、優芽は思いついた。

 夢の中では、自分の設定が現実と違うというのはよくあることだ。

 紬希があの家の住民か何かになっていてもおかしくはない。

「ここからじゃよくわからないな……」

「もっと近づいて見てみればいい」

 いつもの何でもないという口調でモルモルは言った。

 しかし、常識的に考えてそんなのは無理だ。

「ええ? 人の家を近くからじろじろ見るなんて不審者だよ」

「問題ない。ムーたちからはあちらが見えているが、あちらからはムーたちは見えていない」

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