26-01 反転の里
「裏返ったって、何なの!?」
なんとなく人の形をしたしゃぼん玉は、地面から少し宙に浮いて、その場にとどまっていた。
表面では虹色が揺らめいているものの、風に飛ばされていく気配はない。
大声を出した優芽のことを、横を通りすぎる親子がちらっと不思議そうに見た。
あっと思って優芽は口を閉じたが、すぐにあれっとなった。
親子は大声を出した優芽のことは見ていたが、この目の前に浮かぶ、紬希だったはずのしゃぼん玉には一瞥もくれなかった。
普通、こんなものが道端に浮いていたら、人々は見せ物だと思って指さしたり、異常現象だと騒いだりするはずだ。
「もしかしてこれ、あたしたちにしか見えてないの?」
口元を手で隠して、優芽は小声で尋ねた。
「そのようだ。以前しゃぼん玉を飛ばしたとき、周りからの注意が優芽たちに向かないよう、効果を付け加えただろう? 恐らく、あの効果が混ざっている」
モルモルのその声は肩のあたりから聞こえてきた
姿は見えないが、うなじから少し移動したようだ。
きっと、しゃぼん玉になってしまった紬希をよく見るためだろう。
なぜ、突然こんなことになってしまったのかはわからない。
何が起きたのかもわからない。
でも、優芽はモルモルの言葉からひとつだけ察した。
「てことはもしかして、こうなったのはヘッブのせいなの?」
しゃぼん玉をしよう、と言って手を重ねたとき、優芽は紬希にヘッブを渡した。
「そうだ。優芽が紬希に渡したヘッブが、紬希の思いに反応した。……これは、ヘッブの暴走だ」
「暴走!?」
思わず声をひそめることを忘れて叫んだ。
――最悪の場合、命を落とす。
それを思い出して、優芽の背筋は凍った。
「どうしよう!? 紬希は一体どうなっちゃったの!? どうしたら元に戻せる!?」
ハッとして、さらに真っ青になった。
「本物のしゃぼん玉みたいに、何かにぶつかったら消えてなくなるなんてことないよねっ!?」
濁流のような恐怖に襲われ、斜めがけにしていたバッグをギュッと握りしめる。
自分は、とんでもないことをしてしまった。
永遠にも感じられる沈黙をはさんだ後、モルモルからは「その心配はなさそうだ」と返ってきた。
「良かった……!」
優芽の口から小さなかすれ声が出た。
「でも、このままにしておいたら、紬希は元には戻れない。紬希は今、裏返っている。つまり、普通なら肉体の中に精神があるのが、今は精神が外側になってしまっている」
「どうしたら戻せる!?」
食い気味に、優芽は再度尋ねた。
それはどういうことなのか、とかの詳しい説明はいい。
優芽は紬希を元通りにすることしか考えていなかった。
「紬希の精神世界に入る。そこに閉じこもってしまった紬希の意識と話して、出てくるよう説得するしかない」
「精神世界に……入る?」
「心の深層部、無意識の領域。ドリームランドだ」
優芽はモルモルと出会った、あの黒の空間を思い浮かべた。
自分の中のあの空間にモルモルが入ってきたように、紬希を助けるためには、彼女の中にある、あの空間に自分が入っていかなくてはならないのだ。
「どうやったら入れるの?」
「ヘッブでドリームランドに接続する。ただ……」
モルモルは口ごもった。
「ムーは優芽に、行ってほしくない」
「どうしてっ!」
優芽は非難するように叫んだ。
「ムーと違って、優芽はドリームランドから必ず帰ってこられる保証がない。もし帰ってこられなければ、優芽は……」
「そんなのどうでもいいっ!」
優芽は再びショルダーバッグを爪が立つほど握りしめた。
「あたしが何も考えずにヘッブなんか渡したからこんなことになっちゃったんだ! 紬希、様子が変だった。気分を切り替えたら大丈夫になると思った……。かけはしの後と言えばしゃぼん玉って、軽はずみなことをしちゃった。しゃぼん玉以外にもやり方はあったのに!」
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