25-05 くるくるストリート

 このアクシデントの原因は、慣れだ。

 紬希の頭にはもちろん手順がしっかり入っている。

 でも、これまでの経験で、この声かけは紙コップを配った後で大丈夫だと判断していた。

 それが、この条件下では通用しなかったのだ。

 ひとりで子ども四人を担当し、その全員が幼く、全員が同じ手順に同時に取りかかるという、なかなかない状況では。

 ある意味、運が悪かった。



 子どもたちは優芽と紬希の言ったとおり、素直に紙コップを両手で持って、希望の色を連呼したり、スライムの元というのがどんなものなのか覗き込んだりした。

 さっきまでめそめそしていたのに、コロッと表情が変わってご機嫌だ。

 子どもは目の前で起こっていることに正直で、純粋に気持ちが移り変わっていく。




 だが、紬希は違った。




---



「熱中症にご用心! こまめにお茶を飲みましょう! ノドがかわく前に水分補給を!」

 可愛らしい声が響いて、辺りに水がまかれた。

 打ち水隊と書かれた腕章をつけた子どもたちが、会場内を練り歩いている。

 これもお仕事体験のひとつで、プログラムが終了すれば子どもたちにはスタンプが付与される。

 その本日何度目かの打ち水隊を横目に、優芽と紬希はぐったりとパイプ椅子に身を預け、スポーツドリンクを飲んでいた。


「お疲れさま!いやー、大盛況のてんてこ舞い!」

 巽は冗談っぽくお手上げしながらそう言うと、額からたれてきた汗をタオルでぬぐった。

「本当にお疲れさま。スライム、すごい人気だったね!」

 スタッフを交代し、テントではすでに午後の部が始まっている。

 須藤も交えた午前組は、邪魔にならないすみの方で小さく輪になり、スポドリで乾杯していた。


「こんなに来るなら、午前からもっとたくさんのスタッフでやれば良かったね。予測が甘くて申し訳なかったです……」

「でも嬉しい予想外っすね。スライムが子ども受けいいのもあるけど、スタンプひとつでできるっていうのも魅力的だったんじゃないでしょうか?」


 客足がさらに増えるだろう午後からは、午前よりもスタッフの数が多い。

 かけはしで見たことのあるスタッフもいたが、ほとんどが知らない顔だ。

 それが自分たちのようなボランティアなのか、それとも他の系列施設のスタッフなのかは判断がつかなかった。


「すみません……私が案内のペース配分を考えれば良かったですよね……そうすれば小さい子が続いたときとか、あんなにもバタバタしなかったですよね……」

 お通夜のような顔で、紬希が反省を口にした。

「いやいや、とんでもない! 元はと言えば、俺が工作の人数を増やしたせいだし、後からやっぱり減らすっていう的確な判断もできなくて! 悪かったです!」

 巽は即座に否定すると、ガバッと頭を下げた。

「欲張らずに、もっと二人が楽しめるような、ゆとりのあるやり方にすれば良かったね」

 巽は両ひざに手をついたまま顔を上げて、面目ないっと笑った。


「いえ! 巽さんの判断は間違ってなかったですよ」

 そこに食いついたのは優芽だ。

「確かにモーレツに忙しかったですけど、その分たくさんの子どもたちが楽しんでくれたじゃないですか! もし工作の人数を増やさなかったら子どもたちをもっと待たせてたし、長蛇の列を見てスライム作りを諦める子も出てたかもしれないですよ」

 それを聞くと、巽は体を起こして優芽を指差し、「だよね!?」と調子よく言い放った。

「いや、さ。イベントの主役は子どもたちだからさ。その気持ちが強くて、ついつい突っ走っちゃったと思ったけど、宇津井さんがそう言ってくれて、ちょっとホッとしたよ」

「巽くんは子どもたちのこと、一番に考えてるもんね」

 須藤が笑った。


「午前の工作スタッフを三人しか頼まなかったのは私のミスでした。でも、みんな本当に一生懸命やってくれて、感謝してます。普通なら立ち行かなくなってたかもしれない状況で、受け入れる子どもの数を増やして、しかもきちんと対応しきるなんて、きっとこの三人じゃなきゃできなかったと思う」

 褒められて、巽と優芽は照れくさそうに笑みを浮かべた。

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