25-04 くるくるストリート

 自分のことをコミュニケーションが苦手だと思っている紬希だったが、受付ではだいたい型にはまった受け答えをすれば良かったので、困る場面というのはあまりなかった。

 細かいことまで目について気にしてしまう、という性格も紬希自身は厄介に思っていたが、そんな彼女だからこそ、周囲に気を配ってバランス良く立ち回ることができたとも言える。

 もし受付係を任されていたのが優芽だったら、一度に気にしなくてはならないことが多すぎてを上げていたかもしれない。



 そんなこんなでなんとか回っていたスライム作りだったが、試練が訪れた。

 工作スペースに案内された全員が、小さい子になってしまったのだ。


 保護者が後ろから我が子をサポートするという形もとれたのかもしれないが、大体の親はイベントに参加している子どもの姿を写真におさめたくて、それどころではない。

 それに、ひとつのテントに二十人以上もひしめくのは無理だ。

 動線が確保できなければ、材料を渡したりお客を入れかえたりもできなくなって、工作そのものがストップしてしまう。

 だから、むしろ写真を撮り終わった保護者には、併設されているかけはし系列施設の紹介展示を見て待っていてもらえるよう案内をしていた。



 とはいえ、このままではカオスだ。

 見かねた紬希は、即席で「ただいまお待ちいただいております」の立て札を作って、ついに受付を留守にした。



 あらかじめ決めてあった役割分担を一時的に忘れ、スタッフはひとりにつき四人の子どもを相手することになった。

 担当の子たちへの材料の供給から工作の補助までを、それぞれが責任をもって行うのだ。


 紬希が任されたのは、偶然四人ともが案内されたての子たちだった。

 これなら足並みを揃えて工作を進められるから、比較的楽な担当といえる。


「スライムの元をもってくるから、その間にスライムを何色にするか決めておいてね」

 紬希はほっとしながら紙コップに洗濯のりを入れに行き、戻ってくると子どもたちひとりひとりに配った。


 しかし、そこでハプニングは起きた。


「わたしはオレンジにする!」

「ぼくもオレンジ!」

「あお!」

「あか!」

 待ってましたとばかりに子どもたちは一斉に絵の具に手を伸ばし、配ったばかりの紙コップは次々に倒れた。


「ああっ……!」


 子どもたちよりも先に紬希の声が響いた。

「こぼれちゃった」

「こぼれちゃったー!」

「ごめんね! 服についてない!? すぐに片付けるね!」


 こぼれたことを面白がってへらへらする子がいる一方、深刻そうな表情で固まる子もいる。

 紬希が拭くものを取りに行って戻ってくると、ショックを受けたのかひとりは涙ぐんでいた。

「どうしたの!? 大丈夫だよ!」

 そう慰めながら紬希がこぼれた洗濯のりを拭き取ると、その子は余計に泣いた。

「かたづけちゃダメ!」

「えっ!?」

「スライムつくりたいっ!」

 その子のその言葉で、他の子も顔を曇らせた。

「もうつくれないの……?」

「おしまい?」

「……スタンプもう一個つかったら、もう一回つくれる?」

 不安の伝播に紬希は焦った。

「大丈夫だよ! また新しい材料を持ってくるからね。ちゃんと作れるよ!」


 子どもたちに待っててもらって、紬希は慌てて再度洗濯のりを用意した。

 それを配る直前、向かいの机から優芽の声が飛んできた。


「色はお姉さんが入れるから、みんなは紙コップが配られたら両手で支えていてね!」


 さっきの悲劇は、この声かけがワンテンポ遅れたがために起きたのだ。

 優芽も自分の担当だけで手一杯だったが、目の前で起きたゴタゴタに気づかないわけはなかったのだろう。

 同じ悲劇を繰り返さないよう、彼女はフォローのひと声を入れてくれたのだった。


「そう! 絵の具を入れるのはお姉さんがやるから、みんなは紙コップを両手で支えててね!」

 紬希もこの声かけの重要さに気づいて、改めて子どもたちに呼びかけた。

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