25-02 くるくるストリート

 机の中央に絵の具や油性ペンを並べ、ラミネート加工した手順表をどこの席からも見えるよう数ヶ所に貼り付ける。

 子どもたちの作業スペースとは別の机に、紙コップや割り箸などのスタッフ側が扱う物品も並べて、工作のための準備は完了だ。

 その後は、テントの入り口にスライム作りという看板を吊るしたり、受付用の机を置いたりして、子どもたちを迎える環境を整えた。


「一応係り分担はするけど、イベントが始まったら手の空いてる人がフォローに入ったり、臨機応変にいこう!」


 スタッフ用の机から物品を用意する係は巽、工作する子どもたちにつくのは優芽たちということになって、受付は紬希が兼任することになった。

 もちろん、主にその仕事を担当するというだけで、巽も子どもたちと関わるし、優芽が受付をすることもあり得る。

 全員が全部の仕事をこなせるように、ということで、三人は仕事内容のひとつひとつを一緒に確認した。


 うっかりミスをしやすいのは受付の仕事だろう。

 このイベントでの通貨はスタンプだ。

 子どもたちは一生懸命学習系ブースへの参加や職業体験をして、スタンプを貯めてくる。

 そのカードを首から下げているので、スライム作りの受付をするときは忘れず、そこからひとつ、スタンプに斜線をしなければならない。



 始まってみなければ、どのくらい忙しいかはわからない。

 でも、トラブルなく回していければいいな、と優芽は意気込んだ。



 これで準備は整い、いつイベントが始まっても対応できる。

「あとひとつ、お願いしてもいい?」

 腕時計を覗き込んでいた優芽と紬希が顔を上げると、巽は首をすくめて、おでこよりも高い位置で両手を合わせてみせた。

 彼が持ってきたのは油性ペンと白い養生テープだ。

「子どもたちに親しみをもって呼んでもらうには、俺たちもニックネームで呼びあった方がいいと思うんだ。ってことで、ニックネーム考えない?」


 思いがけない提案に、二人はキョトンとした。

 子どもたちにはお兄さんとかお姉さんとか呼んでもらえば事足りるのではないか。

 そうは思ったものの、せっかくの提案なので、とりあえず二人はノッてみることにした。


「俺は巽から連想してドラゴンにしまーす!」

 そう言いながら巽は養生テープにでっかく太くドラゴンと書いて千切ると、ニカッとして胸に貼り付けた。

「今から俺のことはドラゴンと呼んでください!」

 たつみたつからとってドラゴンということなのだろう。

 安直なニックネームに、優芽と紬希は思わず笑った。

「じゃあ、あたしはマミさんにしようかな。学校でもそう呼ばれてるし」

 優芽はノリノリでテープにマミさんと書くと、巽と同じように胸に貼った。

「私はどうしようかな。特にあだ名もないし……」

 悩む紬希に、巽は安直なニックネームを次々と提案した。

「クーガ? ムギちゃん? ツムツム? ムッギ?」

 考え込んでいた紬希が思わず吹き出した。


「アオにすれば?」

 これは優芽だ。

「なんでアオ?」

「だって、紬希は現実ブル――」

 とんでもないことを言い始めた優芽を、紬希は両肩をガシッとつかんで黙らせた。

 現実ブルーとは、紬希が魔法少女のときの名だ。

 変身はご無沙汰だが、ゴミ拾いをしていたあの頃、優芽はネタとして紬希のことをたびたびそう呼んでいた。


 二人の不可解なやり取りに困惑するでもなく、巽は「アオはやめた方がいいよ」と朗らかに言った。

「子どもっていうのはふざけるのが大好きだからさ、わざとアオをアホって言う子に遭遇する可能性がある」

 目を丸くして、二人は肩と手が繋がった状態のまま、巽を見た。

 言われてみれば、確かにその可能性はなきにしもあらずだ。


 じゃあどうしようか、と二人が考えていると、巽は勝手にペンを走らせて、ハイッと千切ったものを紬希に手渡した。

 そこにはテープからはみ出そうな元気な字でムッギと書いてある。

「よろしく、ムッギ!」

「ムッギ……」

「ふふふ、ムッギ……ヒヒ」

 快活なドラゴン、戸惑うムッギ、そして、笑いを堪えきれないマミさん。

 ここにこの日限りの安直トリオが結成された。

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