24-06 英語スピーチコンテスト <紬希>
飛び交うみんなの会話を聞いている紬希は明るい表情だ。
しかし表に出さないだけで、彼女は相変わらず、原因のない悲しい気持ちに侵食されていた。
まるで誰かに脳みそをつままれて、悲しみにひたされているみたいだ。
でも紬希はとにかく耐えて、やり過ごすことにした。
理由もなく始まったものだし、そのうち理由もなく終わるだろう。
そう信じて、笑顔で会話に参加する自分に意識を集中させ、偽物の感情は締め出すよう努めた。
まさか代表に選ばれることを心配してこうなっているわけではないだろう。
他校の生徒たちのスピーチはどれも堂々としていてすごかったし、何よりも彩生でさえ先の大会では進出を決めることができなかった。
自分が代表になることなど絶対にない。
それだけは自信をもって言えた。
――出場者の皆さんは閉会式のため、舞台袖上手側にお集まりください。
「おっ、紬希、いよいよだね」
「行ってらっしゃい!」
召集のアナウンスが入り、紬希は立ち上がった。
本番前と違って、もう彼女はこちこちになっていない。
落ち着いた様子の紬希を、語学部のみんなは安心して見送った。
でも当の本人は落ち着くどころではなかった。
確かに、閉会式で舞台上に並ぶことに対しては、そこまで緊張していない。
問題なのは、おかしくなってしまった自分のメンタルだ。
ホールを横切る途中、どこかから他校の生徒の笑い声が響いてきた。
その瞬間、紬希はひどい不安に取り憑かれた。
周りが自分のことを笑っているように感じたのだ。
遠くから「ほら、あのヘタクソなスピーチをした子だ」と後ろ指をさされている気がして、紬希は顔を上げないようにしながら急ぎ足でホールを後にした。
ロビーにも人はいる。
紬希は自分だと気づかれるのが怖くて、逃げるようにして舞台袖を目指した。
おかしい。
常々悩んでいた「色眼鏡」とは違う。
頭が思っていることと、心が感じていることが、まるで噛み合わない。
どうしたら治ってくれるのかと悩んだまま紬希は舞台に他の生徒と並び、定刻どおり閉会式は始まった。
式の流れは彩生のときと同じだ。
堅苦しい話の後に、生徒たちが心待ちにしている結果発表が行われる。
この大会では最優秀と優秀の二つしか賞はない。
受賞した二人が舞台で賞状を授与され、次の大会への出場権を得る。
残る全員には何もないのかと言えばそういうわけでもなく、入賞できなかった生徒には閉会式後に努力賞的な賞状が渡されるらしい。
結果発表の瞬間、会場内はピリッとした空気に包まれた。
優秀賞、最優秀賞、やはりどちらも紬希の名前は呼ばれなかった。
これでやっと、本当に終わりだ。
紬希の胸は安心と嬉しさで満たされる――はずだった。
しかしそうではなくて、紬希の胸は悔しさではない、何か重苦しいもので満たされた。
これは異常な精神状態によるマジックだ。
入賞できなくて、自分が落ち込むわけがない。
頭ではわかっている。
でも、わざと自分を落ち込ませようとしているかのように、心は勝手に悲観的な気持ちを湧き上がらせてくる。
失敗した。
あんなに練習したのに。
無駄にした。
自分の時間も、まわりの時間も。
駄目な奴だ。
恥ずかしい奴だ。
自分が自分のことをそんなふうに思っていないのはわかっていた。
でも、否定的な気持ちがこんなにも湧いてくるとさすがにつらくて、理性で抑え込むことができなくなる。
コンテストが終わってみんなから声をかけられても、にこにこといつもどおりの様子を見せていても、内側では紬希は悶え苦しんでいた。
歯をくいしばって決して外に出さなかったから、それに気づいた人は、ひとりもいない。
気づかれぬまま繰り返し叫ぶのは、自己否定の言葉だ。
ああ、消えてしまいたい。
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