24-05 英語スピーチコンテスト <紬希>
「つーむぎー!」
紬希がふわふわとした心地のまま舞台袖からロビーへ戻ると、彩生、優芽、虹呼が待ち受けていた。
三人は次々抱きついてきて、はしゃぐように労りの言葉をかけてきた。
「お疲れさま!」
「良かったよー!」
頭をなで回し、肩を叩きのちょっとしたお祭り状態だ。
だが、紬希はなんだか釈然としない。
みんなに絡まれながら、棒立ちの無表情で物思いに耽り、ややあって口を開いた。
「ねえ……私のスピーチ、途中飛ばさなかった?」
「飛んでなかったよ。最初から最後までバッチリ!」
「ちゃんとお辞儀してた?」
「してたよ!」
紬希は自分が舞台上でどう振る舞ったのか、まったく覚えていなかった。
緊張のあまり何も記憶がないのだ。
いつの間にか自分は出番を終えていて、客席や舞台袖の係員の雰囲気から、あぁ、自分はスピーチできたんだ、と悟った。
終わった……。
舞台袖でそうやって拍手がまばらになっていくのを聞きながら、しかし、紬希の肩は荷が下りるどころか、さらにずっしりと重たくなった。
自分は本当にスピーチできたのだろうか。
問題はなかったのだろうか。
記憶にないだけで、聴衆にみっともない姿をさらしたのではないか。
お酒を飲んだことはもちろんなかったが、きっと正気を取り戻した酔っ払いは、こんな気持ちなのだろう。
紬希は本番前とはまた違った不安や恐怖に襲われていた。
でも、三人から自分のスピーチが最低限の形を保ったものだったと確認できた紬希は、ようやくそこで緊張の糸が切れた。
へなへなと座り込みそうになったところを、慌ててみんなが支える。
「紬希、本当によく頑張ったね!」
しみじみと、彩生が言った。
そこに虹呼がわざと雰囲気を壊すようにつっこむ。
「なんでアキが涙ぐむのさっ!」
「だって! ……うっ、うえ~ん」
よほど感極まっていたのだろう。
言い返そうとした彩生は、そのまま堪えきれずに、ぽろぽろと涙を流して泣き始めた。
「なんでアキが泣くの!?」
「ここは紬希が泣くとこさっ!」
こうなるともう、わざとでもなんでもなく、自然とそんなツッコミが出てくる。
優芽と虹呼は半ばあきれたような顔になって、彩生の背中をさすった。
「だって、紬希がやりきって、本当に良かったなって、思ったんだもん……!」
四人でもみくちゃに固まって、もう誰が誰を支えているのかわからない。
紬希の健闘をたたえに来たつもりが、いつの間にか彩生を慰める輪になってしまっている。
みんなに包まれながら、紬希はそんなドタバタがたまらなく愛おしくて、小さくほほ笑んだ。
細められたその目尻には、人知れずキラキラとしたものがにじんでいるのだった。
しかし、ほっとした反動がきたのだろうか。
その後、客席で他の生徒たちのスピーチを聞いていると、紬希の気持ちは理由もなく下へ下へと引っ張られていった。
油断すると悲しみのようなものにずっぷり浸かってしまう。
他校の上手いスピーチを聞いて落ち込んだとかではない。
ただ漠然と、渦のようなものにからめとられていく感覚があった。
筋の通らない苦しさに紬希は戸惑ったが、今までの人生で味わったことのないような緊張に身を置いたのだから、具合が悪くなるのも無理はないのかもしれないと思った。
すべての出場者のスピーチが終わり、ランチタイム。
そして、一同は手持ちぶさたになって、再び席に戻った。
出番を控えている生徒もおらず、ホールはすっかりくつろいだ雰囲気だ。
結果発表になれば、その時はまた空気が引き締まるのだろう。
でも昼休憩は一時間半もある。
結果を待つ生徒も、その応援の生徒も、みんなまだゆとりがあった。
横一列に座っている語学部のみんなも例外なく楽しそうにぺちゃくちゃしゃべっている。
会話のキャッチボールは時おり紬希を飛び越え、座席の端から端へもかわされた。
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