24-04 英語スピーチコンテスト <紬希>

 本当に上手く言えていない。

 不安でいっぱいの紬希には、今度は伝わりさえしなかった。


 今野は、先のことはわからないのだから、過度に不安になるのは悪影響だということを言いたかった。

 上を目指せば切りがないというのも、自分に足りていないものばかりに目をやっても仕方がないということを言いたかった。

 物事というのは、極めれば極めるほど自分に足りないものが見えてきて、満足できないものだ。


 いつも足りない状態であるのが当たり前なのだから、その時その時の自分に納得して、できる範囲で全力を尽くすしかない。

 そういうことを、今野は柔らかい表現で伝えたかった。

 でも失敗だ。

 今野は自分の力不足に心の中で苦笑した。



 紬希も今野を困らせていることをひしひしと感じて、余計に萎縮した。

 彩生、優芽、虹呼、そして今野も自分のことを元気付けようと気をつかってくれている。

 なのに、自分はそれに応えることができない。


 やはり自分はスピーチコンテストなんて出るべきではなかったのだ。

 一番最初に思い切って断っていれば、こんなことにはならなかった。


 そんなふうに紬希の胸の中は後悔と不甲斐なさでぐちゃぐちゃになった。




 それでも、時間は無慈悲にやってくる。

 ぎくしゃくしたまま移動の時刻となり、舞台袖のイスにひとり取り残されると、紬希はいよいよ生きた心地がしなかった。


 舞台からは流暢な英語が聞こえてくる。

 途中でスピーチが止まってしまう生徒なんてひとりもいない。

 紬希の身体中を、恐怖が電撃のように走り回った。



 突然大災害みたいなものが来て中止にならないかな。

 順番を待ちながら、紬希はそんな無駄なことを祈った。


 モルモルに選ばれたのが自分なら良かった。

 そんなどうしようもない思いまで頭に浮かんでくる。

 自分がドナーだったなら、ヘッブでこの場を切り抜けられたかもしれないのに。



 ヘッブで楽をしても絶対に幸せにはなれない。

 そう言ったときの彼女は、今やすっかり消え失せてしまっていた。

 楽とか、幸せとか、どうでもいい。

 怯えきった彼女は、とにかく逃げることしか考えられなかった。



 ひとり、またひとりとスピーチが終わり、座席を詰めるごとに舞台が近づいてくる。

 いっそ極度の緊張で失神したい。

 そう願ったが、メンタルに反して彼女の体は折れてくれない。


 ああ、アキちゃんになりたい!


 本番直前、悪あがきのように心の中でそう叫んで、ついに係員から舞台に上がるよう指示が出された。




 心臓が馬鹿みたいに暴れている。

 痛いほどの拍動を感じながら、紬希はとにかく演台まで歩いた。

 つまずかずに中央まで行くというのはクリアだ。

 しかし、正面を向いたところで、紬希の頭の中は真っ白になった。

 照明が熱い、眩しい。

 蛇に睨まれたみたいになって、紬希は立ち尽くした。


 何だったっけ?


「あ……」

 小さな声を漏らしてしまって、紬希は激しく動揺した。

 スピーチは開始と同時に時間を計られる。

 制限時間を越えてしまえば減点だ。

 今の声で計測が始まっていたらどうしよう。

 紬希は泣きたくなった。

 今朝の夢が現実になってしまう。


 照明はなおもギラギラと紬希を照らしてくる。

 その眩しさと、客電が落とされているのとで、客席はほとんど見えない。



 ――あ、アキちゃんの言っていたとおりだ。



 ふっと、どこか頭の中で、そんな思考がよぎった。

 その瞬間、紬希の視線は二階席を向いた。

 全然誰も座っていない。


 それを認めると、紬希の体は勝手に一礼して、スピーチを始めた。

 耳の奥では相変わらずドクドクという音が響いている。



 気づけば紬希は上手側の舞台袖にいて、客席からは拍手が送られていた。



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