24-03 英語スピーチコンテスト <紬希>

 友達ならば紬希を信じて、成功を祈るべきではないか。

 もし彼女が上手くできなかったと落ち込んだそのときは、友達である自分や彩生、虹呼で慰めればいいのではないか。


 優芽はようやく自分で自分の不安を断ち切った。

 心配はしても、不安になるのはやめよう。

 今一番大変で、実際にあの舞台に立つのは、紬希なのだから。

 自分は精一杯、その気持ちに寄り添うだけだ。



---



「オッケー! お盆をはさんで日があいちゃったけど大丈夫だね!」

 今野は指で輪を作って、笑ってみせた。

 ロビーの人の少ないすみの方で、紬希と今野はスピーチの最終確認をしていた。


 紬希がこうして今野と向き合うのは彩生の大会ぶりだ。

 あの日、彩生の出番が終わった後、紬希と今野はわざわざ暑い建物の外に出て、スピーチの練習を行なったのだ。

 紬希にとってはそれが、今野にきちんと指導をしてもらえる最後の機会だった。



 彩生の大会が終わって帰宅してからというもの、紬希は常に落ち着かなかった。

 人と話しているときは気がまぎれたが、そんなのは一瞬だ。

 何かをしていても常に不安につきまとわれ、時おりそれが発作のように強く襲いかかってきた。

 そのたびにスピーチの確認をし、大丈夫、覚えている、できている、と自分に言い聞かせる繰り返しで、まるで無間地獄むけんじごくのようだった。


 最悪、原稿を覚えてさえいればいい。

 今まで懸命に練習した発音や身振りを緊張で忘れてしまっても、原稿さえ覚えていれば、それを最後まで読み上げれば、スピーチは終わる。

 絶対に避けたいのは、スピーチすらできずに自分の出番が終わってしまう、ということだった。

 そんなことになったら、自分は何をしにここに来たのか、今まで何をしてきたのか、という話になってしまう。



 深刻な顔でうつむく紬希に、今野は腕組みしながらのんびりと話しかけた。

「久我さんの今日の目標は?」

 紬希は落としていた視線を上げた。

 大会進出、練習の成果を百パーセント出しきる。

 教師の望みそうな返答はわかっているが、今の自分にそんな立派なことは口が裂けても言えない。

 にこにこと見守られながら紬希は結局、今野から目をそらして、本心を口にした。

「原稿をド忘れせずに、最初から最後まで読みきることです……」

 あまりの志の低い返事に、紬希はカーッと顔が熱くなった。

 それに対して、今野は大きく頷いた。

「そうだね。それが一番大事だ」

 それを聞いて、紬希はますます気持ちが沈んだ。


 自分はそんなにも期待されていないんだ。


 そんなふうに感じたのだ。

 でももちろん、今野はそんな意図で言ったのではない。

「普段通りやるっていうのが、実は一番難しいんだよ、本番っていうのは。ついつい上手くやろうと意識しちゃう。だから、そのくらい基本的なことに集中してやっと、普段に近いスピーチができるんじゃないかな。その目標、良いと思う!」

 今野はグッと親指を立てた。



 今野の言わんとしていることは紬希に伝わった。

 それでも、紬希の心はまったく励まされない。


 つまり今野は、緊張で変なところに力の入ったスピーチをしないためには、「ここはこうしなきゃ」とか、「ここは苦手なところだ」とか、いろいろ考えながらスピーチをするのはやめた方がいいと言っているのだ。

 それは原稿をきちんと覚えているのを大前提としたアドバイスで、紬希の原稿をド忘れしないという言葉通りの目標とは次元が違う。



 ますます辛そうな表情になった紬希を見て、今野は人差し指で自分の腕をトントンとやって、少し考えた。


「久我さん、今だけを見よう」


 今度は何を言われるのかと、紬希は恐々今野に目をやった。

「今できることを、精一杯やればいい。上を目指したら切りがないし、先のことはその時になってみないとわからない。上手く言えないけど、今を頑張ろう」

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