24-02 英語スピーチコンテスト <紬希>

「っじゃーん!」

「照明が眩しくてほとんど見えません!」

 びしっと人差し指を突きつけられて、紬希は思わずぽかんとした。


「し、か、も! 目線を上げるときの目安になる二階席には、全然誰も座ってません!」

 天を指差して、彩生は力強く言い切った。

 その手が、再び紬希の肩をバシバシ叩く。

「だから、誰もいないと思ってスピーチしてみたら? 紬希はただ広くて、照明が眩しい会場で練習するだけ!」


 無理なことを言うなぁと優芽は思った。

 それができるなら、最初からこんなにも緊張していないだろう。

 紬希の表情も一ミリも晴れない。


 彩生もそれを認めて、今度は両手でムギュッと紬希の頬をはさんだ。

「それでも緊張するっていうなら、いい? 私だけを意識しな! 今まで散々二人で練習してきたんだから、私にだけスピーチするなら、いつもと何も変わらないでしょ?」


 突拍子もない提案に、紬希はタコのような顔のまま、目を白黒させた。

 その背後で、優芽と虹呼が思わずだはっと吹き出す。

 しかし、肝心の紬希はなおも無言のまま見返してくるだけで、さすがの彩生も間が持たなくなったのだろう。

 てん、てん、てん、と微妙な沈黙をはさんだ後、最後の手段で紬希の手をとった。


「ツボ押しっ!」

「イタッ、イタタ!」

「余分なこと考えないように痛くしてやる! おりゃおりゃ!」

 暴走し始めた彩生を、優芽と虹呼はあきれ半分、おかしさ半分で笑いながら止めに入った。


「でも、アキだけを見るというのは存外よいアイディアかもしれぬ……よしっ!」

 彩生の手をほどかせて、そう言い出したのは虹呼だ。

「じゃあボクは紬希のスピーチが始まったらずっと変顔してるから、緊張したらボクの顔見てっ!」

 爽やかな感じであまりにもバカなことを言うので、紬希もついに少しだけ笑った。

「だから客席は見えないんだって!」

 そんな虹呼に、彩生は大真面目に指摘した。



---



 開会式が終わり、紬希と今野がそっと立ち上がった。

「紬希……!」

 ひそひそ声で名前を呼んで、客席に残る三人はガッツポーズで彼女を見送った。

 一度は笑った彼女だったが、今はさらにひどくなって極限状態だ。

 振り返った顔は死んだような目をしていた。


 遠ざかっていく背中を見ながら、優芽は大丈夫かな、と自分も不安になってきた。

 今からあんなにも張りつめていたら、本番では一体どうなってしまうのだろう。

 舞台の上で卒倒なんてしてしまわないだろうか。

 彩生と虹呼も同じ気持ちのようで、心配そうな顔で紬希がホールから出ていくのを見つめていた。



 いっそ、ヘッブを使ったらどうか。

 優芽は考えた。

 たとえばヘッブで、スピーチの邪魔になるような気持ちを軽減させれば、紬希は本来の力を出せるのではないか。

 あんな状態で本番に臨むのは可哀想だ。


 でも紬希は言っていた。

 ヘッブで感情や能力に変化を与えるのは、その人のためにはならないと。

 約束もした。

 ヘッブを使う対象は自分自身だけ、と。


 それらを破ってヘッブを使って、紬希が喜ぶはずがない。

 しかもこれは、紬希の不安や緊張を取り払うためと見せかけた、自分のための願いだ。

 安心してスピーチを見守りたいという、己の欲求からわいてきた考えなのだ。

 自分が一番嫌っている、人の役に立つのとは正反対の、自己満足ではないか。


 バレなければいいのではないか。

 そんな悪い気持ちが起こりもした。

 でも紬希はドナドナーだ。

 魔法少女のときのように、見破られてしまうかもしれない。


 それにヘッブを使うということは、紬希を信じていないということだ。

 紬希はプレッシャーに負けるだろう、そうなれば彼女のことだから立ち直れなくなるだろう、と軽んじていることになる。

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