24-01 英語スピーチコンテスト <紬希>

「早く早く!」

 怒ったような顔の係員に手招きされて、紬希は狼狽したまま舞台へと歩み出た。

 客電は入ったままで、人々は楽しそうにしゃべったり、席の間を行き交ったりしていて、誰も紬希のことを見ていない。

 とりあえず演台まで進んで前を向いたものの、紬希はそこで立ち尽くした。


 何だったっけ?


 困り果てた紬希は舞台袖の方を向いて、助けを求めた。

「あの、どうすれば?」

「早く早く!」

 係員がカンカンに怒って地団駄を踏んだ。

 そんなこと言われても、自分は何の説明も受けていない。

 焦りと恐怖が激しく全身を駆け巡り、心臓が壊れそうなくらいに拍動した。

 為す術なく涙ぐんで俯いていると、ピピピッというアラームが響いた。


 スピーチの時間経過を知らせる音だ!


 制限時間をこえると減点されてしまう。

 弾かれたように顔を上げると、座席に座っている語学部員の姿が飛び込んできた。

 彩生あき、優芽、虹呼にこは泣いていて、今野は両手で顔を覆ってうなだれている。

 ショックに貫かれ、紬希の体からサアッと感覚が消え失せた。


 アラームはけたたましく鳴り続けている。



 ハッと目覚めて、紬希はしばらく夢と現実の間をさまよった。

 全身にまだ先ほどの絶望がリアルに残っている。

 紬希は暗記したスピーチの原稿を無我夢中で最初から最後まで唱えると、やっと枕元で鳴る目覚まし時計を止めて、うめいた。

「最悪……」

 ひどい悪夢だ。



---



 こんな気温の中、自転車で現地集合とは、いささかひどいのではないか。

 優芽は汗をたらして自転車をこぎながら、胸の中で愚痴った。

 まだ朝だというのに辺りは暑い。

 空気もムシムシとしていて、体から熱を放出させまいと毛穴をふさいでくるようだ。

 自転車で行ける距離とはいえ、目的地は学校区外にあって、着くまでにはそれなりの時間がかかる。

 ヘルメットの中は熱気で蒸れ放題だ。


 やがて緑が見えてきて、ちょっとした林の奥に建物が現れる。

 会館に近づくにつれて、シャワシャワという大合唱がより一層暑苦しくなった。



「久しぶり~!」

「遅ーい!」

 優芽が会場の待ち合わせ場所に着くと、すでに語学部のメンバーはそろっていた。

 お盆をはさんでの、久しぶりの再会だ。

 帰省などもあって、この数日間はメッセージのやり取りも途絶えがちだった。


 優芽がチラッと紬希を見ると、思った通り、彼女は青白い顔をして、可哀想なくらいガチガチになっていた。

 今日は、紬希の英語スピーチ本番の日なのだ。



 一同は彩生のときと同じように、今野の引率で会場に入って、自分たちの席に落ち着いた。

 建物の全体こそは大きいが、会場となるホールは二つあるうちの小さい方を使用しており、彩生のときと大差ない。

 でも、だからといって緊張しないわけはない。

 ホールの空気に触れるのは、たかが二回目だ。

 ただ見ているだけの優芽でさえ、独特の雰囲気には落ち着かない気持ちになった。



 生徒たちがお手洗いに行こうと座席から通路に出ると、今野が紬希に声をかけた。

「今回は舞台袖での待機まで少し時間があるから、開会式が終わったタイミングで抜けようか」

 紬希はグッと口を結んで、神妙に頷いた。

 本番が近づいてきていることを嫌でも感じさせる声かけだ。

 すでにひどく緊張しているふうだった表情がさらに強張って、優芽は紬希のことがもっと心配になった。



 そんな分厚い氷の板みたいになっている彼女を見かねたのだろう。

 彩生が急に紬希に飛びついた。

「紬希ー! 緊張してるね?」

「……うん」

「よーし。そんな君に先輩から朗報です!」

 紬希の背中をバシンと叩いて、彩生はふんぞり返った。


「こんなにいっぱいある座席ですが、なんと!」

「どぅるるるるる!」


 すかさず虹呼が面白がって、巻き舌でドラムロールのマネを始めた。

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