23-07 英語スピーチコンテスト <彩生>

 数十回の刺激の後、紬希はその手を丁寧に彩生の体の横に戻した。

 そして、今度は差し出されていなかったもう片方の手を取って、同じようにさすって温めてから、丹念にツボを押し始めた。


 それを見ていた彩生は、ふっと笑みをこぼした。

「なんかこういうの、紬希っぽい」

「えっ?」

 ツボ押しを続けたまま、紬希は顔を上げた。

「もしかして、普段からこうやって緊張をほぐしてるの?」

「いや……全然……」

「ええっ、じゃあなんでツボなんか知ってるの!?」

「うーん……何でだったかなぁ」


 もちろん、しらばっくれているわけではない。

 突然何かが気になって、そこから芋づる式に様々な知識を仕入れるのは、紬希にはよくあることだった。

 今の今まで忘れていたこの知識も、その一環で得たのだろう。


 首をひねる紬希の様子に、彩生は笑みを通り越して、ぷはっと笑いだした。

「ありがとう。気持ちほぐれた!」


 マッサージの終わった両手をグーパーとさせて、彼女は「すごい! 手がぽかぽかになった!」と無邪気に喜んだ。

 それを見て紬希は、なんとか役に立つことができたと、ほっと微笑んだ。



---



「次かー!」

「ま、アキのことだから安心して見ていられるにゃ」

 彩生の名前や学校名を告げるアナウンスが入る中、優芽と虹呼はそんなことを囁きあった。


 彼女たちは知らないのだ。

 本当は彩生が、緊張と不安でいっぱいなことを。

 客席から舞台を見守る紬希は、膝の上で組んだ手をギュッと握った。



 舞台袖から現れた彩生は堂々としていて、いつも通りカッコいい。

 でも、今も必死にプレッシャーと闘っているはずだ。


 どうか、最高のスピーチができますように……。

 紬希は胸の中で強く、強く、エールを送った。



 お辞儀をして、話し始めた彩生の口調は、いつもより微妙に固い。

 身振りにも余分な力が入っているように見える。

 でもそれは、毎日見ていた紬希にだけわかる、些細なものだ。

 大会には十分通用する。


 スピーチしている本人も、自分が本調子でないことを自覚しているだろう。

 きっと胸の中では、慌てる気持ちがどんどん大きくなっている。

 しかし、彩生は溺れることなく、徐々にエンジンをかけていった。

 終盤に向けて発音が滑らかになり、表現が豊かになっていく。

 ついには本来の姿を取り戻し、彼女は自信満々にスピーチを締めくくった。



 お辞儀、そして客席に拍手が広がった。

 退場していく彩生に、紬希は感激しながら拍手を送った。

 アキちゃんはやっぱりすごい!

 今までの頑張りや、舞台袖でのことを思い出して、紬希の胸は誰よりもいっぱいになった。




「スタンディングオベーション級の出来だったぜぃ!」

「本当? こりゃ全国に羽ばたいちゃうかな~!」

 重圧から解放された彩生は、その後はリラックスして過ごした。

 だけど、表彰式は別だ。

 彼女は再び緊張の面持ちで壇上に上がり、他の出場者と並んで結果を待った。



 この大会では最優秀賞と優秀賞に各一名ずつ、そして奨励賞に複数名が選ばれる。

 代表として次の大会に進むことができるのは、優秀者二名だ。


 偉い人の話に続いて結果発表に移り、奨励賞受賞者の一番最初に読み上げられたのが、彩生だった。

 彩生はパッと顔を輝かせた。


 その結果は、次の大会に進めないことを意味する。

 でも、力を出しきった彩生に悔いはなかった。


 最高に嬉しい気持ちの中、こうして彩生の英語スピーチコンテストは、堂々と幕を閉じたのだった。

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