23-04 英語スピーチコンテスト <彩生>

 逆に一番緊張しているのは紬希だ。

 こちらから会話に巻き込まなければ、紬希は思い詰めたような表情で口を閉ざしてしまう。


 虹呼と彩生が頻繁にやり取りするせいで、結局車内は余計にうるさい。

 でもそうやって二人がギャーギャーしてくれているおかげで、優芽は紬希だけを気にすることができた。



「にしても、これから本番なのにアキ殿は余裕ですなあ」

 振り返りながらしゃべる虹呼に、彩生は親指を立ててみせた。

「私は上を目指す女だよ? こんなところでビビってらんないよ!」

「にゃはは。こりゃ代表間違いなしだね!」

 お返しに虹呼は、小首を傾げてウインクしながら、ビッと彩生を指差してみせた。

 その互いの指先をグータッチのように突き合わせようと、二人は腕を伸ばす。

 が、シートベルトがそれを阻み、二人はあえなく背もたれに沈んだ。


「代表かー。なれたら嬉しいけど、私の目標はあくまで将来にあるからなぁ」

「えっ? 嫌みかにゃ?」

 虹呼がまた振り返った。

「いや、何て言うか、結果を出すためだけに練習して、大会が終わったら英語の猛特訓は終わりっていう子もいると思うんだけど、私は大会が終着点ってわけじゃなくて、結果よりも将来に繋がってほしいっていうか……」

「弱音かにゃ?」

「違うし!」

 煽られて彩生は身を乗り出そうとしたが、またもシートベルトにしっかりと縛りつけられた。

「ぷぷー。おー、よしよし。後で抱きしめてあげるねえ」

 ムキになって言い返す彩生にまったく耳を貸さず、虹呼は容赦なくおちょくり続ける。

「はいはい、もうすぐ着くよ! 二人とも暴れない!」

 見かねた今野がそう言ったときには、車はもう会場の駐車場へと入っていた。




「暑い!」

 ドアを開けてコンクリートに降り立った瞬間、一同は悲鳴をあげた。

 昼を過ぎて、ますます凶器のように降り注いでくる太陽光、そして焼けつくような空気が、触れたそばから体を痛めつけていく。

 今日は天気予報によると猛暑日だ。



 駐車場から少し歩くと、すぐにガラス張りの横長い建物が見えてきた。

 入り口をくぐれば、ロビーは外とは別世界のように涼しい。

 運動部と違って、冷房のきいた室内で大会ができるのが文化部の良いところだ。


「はあ~、快適……」

 生徒たちが冷房で生き返っている間に、今野は手際よく受け付けを済ませ、彩生に出場者の名札を渡した。

 彩生の唇がキュッと引き結ばれる。

 彼女が左胸に名札をつける様子を、紬希もまた硬い表情で見つめていた。


「じゃあ、今からみんなで客席に行くけど、その前にスマホの電源を切っておこうか」

 コンテスト中に鳴ってしまったら大変だ。

 マナーモードだと何かの拍子に画面が光って、周りに迷惑をかけたり、設定したつもりが勘違いで出来ていなかったりする可能性もある。

 生徒たちは素直に自分の通学リュックからスマホを取り出した。


「あ」

 しかし、みんなが電源を落としていく中、彩生だけはそう声を漏らして、何やらスマホをいじり始める。

「どうしたの?」

「萌たんから応援メッセージが来てた……!」


 萌は親の故郷に帰省しているため、直接応援には来られなかったのだ。

 日本とブラジルの時差は約半日。

 向こうは深夜のはずだが、ベストなタイミングでメッセージを届けられるよう、わざわざ気にかけていてくれたのだろう。


 彩生は急いで目を通すと、真一文字だった口をふっとゆるめて、大事そうにスマホを胸に抱いた。

 まるでお守りのようだ。

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