23-03 英語スピーチコンテスト <彩生>

 どうせ自分のことだから、大事な本番ではへまをして、今までの練習も、周りの励ましも棒に振ってしまうに違いない。

 人前で発表するのも怖ければ、みんなの「大丈夫」という言葉を裏切るスピーチをして、落胆させてしまうのも怖い。

 上手い、大丈夫という言葉は、紬希にとってはありがたくもあり、重荷にもなる言葉だった。


 まったく、なんて面倒臭い性格なのだろう。

 褒められて素直に自信をつければいいのに、なぜ自分はその言葉を単純に受け取れないのか。

 みんなに求められている自分像を勝手に想像して、そのとおりに振る舞わなければと力んでしまうのか。



 スピーチが終わって彩生が退場したところで、紬希はスマホをタップした。

「どうでした!?」

 録画停止の効果音が教室に響くや否や、彩生は今野の前に駆けてきた。

「良かったよ。夏休みに入ってからも上達したね!」

 努力に気づいてもらえて、彩生は嬉しそうな表情を浮かべた。


 数日の間に改善できるものには限度がある。

 だから、今野の彩生への指導はそんなに長くはかからなかった。

 ちょっとした意識のポイントを伝えて、あとは良いところをとにかく褒めて、今野は彩生のことを大いに励ました。



「よし、じゃあ次は久我さん!」

「はい……」

 今野の指導をイスから見ていた紬希はのそっと立ち上がり、まずは彩生にスマホを返した。

「動画ありがとね!」

 彩生はスマホを受け取ると、空いている反対の手を自然と伸ばして、紬希のスマホを預かった。

 一緒に練習するうちに、当たり前になったやり取りだ。

 紬希と入れ替わりに彩生はイスに座ると、紬希のスマホを構えて、いつでも動画を録れるよう待機した。


 紬希への指導も彩生と同様、そんなに長くはかからなかった。

 紬希には本番までにあと一度、今野にスピーチを見てもらうチャンスがある。

 良かったところを並べ立てて褒められた上で、ちょっとした宿題を数点出された。



「二人の本番が楽しみです! ここまできたら、あとは体調管理を一番にね。根を詰めすぎたり、お腹出して寝たりしないように!」

「いやいや、小学生じゃないんだから!」

 そう言って笑う彩生に合わせて紬希は笑みを作りつつ、自分だったら本番までの緊張や不安でどうにかなりかねない、と今野の言葉を深刻に受け止めるのだった。

 実際、自分の本番まではまだ日があるのに、すでにすごい勢いで心身がすり減ってきている。

 もうすぐ彩生の本番、という雰囲気にあてられたのだろう。


「当日は学校に集合するのはわかってるね? よかったら他の子たちにも確認の連絡入れといてくれる?」

 コンテストの会場には今野の車で向かう。

 彩生と紬希はもちろん、部員である優芽と虹呼にこもついてくることになっている。

「はい。先生も当日遅刻したりしないでくださいよ!」

 今野はウッと撃たれたように胸を押さえてみせた。

「そうだね。僕も体調管理を頑張るよ」

 和やかなムードに三人とも笑って、その日はお開きとなった。



---



 来る、英語スピーチコンテスト本番の日。

 今野の運転するセダンの中は、宴会のような賑やかさだった。


 緊張しているであろう彩生と紬希に負担をかけてはいけない。

 そう思った優芽は、もし虹呼が度を越えて調子にのるようなら自分が御さなくては、と意気込んでいた。

 後部座席の真ん中を陣取り、しゃべりまくるであろう虹呼は助手席へと誘導し、ポジショニングはバッチリだ。

 しかし、拍子抜けである。

 車内で一番はしゃいでいるのは意外にも彩生だった。

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