23-02 英語スピーチコンテスト <彩生>

 確認していたスマホの画面を消して、優芽はみんなに首を振ってみせた。

 のろからの連絡は特に来ていなかった。


「どうせサボりか、登校日だってこと忘れてるだけでしょ」

 彩生の言葉に、古瀬が「その可能性もあるね」と笑った。

「体調崩して連絡できない状態なのかも?」

 グループでのろのことを心配しているのは紬希だけだ。

 でもそんな紬希も言葉とは裏腹に、のろならサボりやうっかりの可能性も十分あり得る、と思っているのだった。



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「バイバーイ!」

「また連絡するね!」

 のろは結局最後まで姿を見せず、登校日の日程はあっという間に終わった。

 多くの生徒がやれやれと下校する中、彩生と紬希は連れ立って日本語教室へと向かう。

 彼女たちにとっての今日のメインは、これからだ。



「ごめん、お待たせしました! じゃあさっそく始めようか!」

 二人より少し後にやってきた今野はいそいそと鍵を差し込み、ガラリと戸を開けた。

 促されて二人が先に中に入ると、しばらく誰も使わなかった教室は埃っぽいにおいがした。

「あっついな~。すぐにエアコンいれるね」


 冷房がきいてくるまでの間、三人は海外ルーツの生徒たちがいつも使っている長机を脇によけ、教室を広くした。

 奥に日本部員たちの机をひとつだけ置き、反対の戸側にはイスを二つ配置する。

 一学期の間にも何度かやった並べ方だ。

 そのときは生徒ひとりひとりがイスを持って戸側に集まったから、ちょっとした規模の観客席ができあがった。

 でも、今日は二人以外に部員はいない。

 いつもに比べて寂しいセッティングだ。


 にも関わらず、二人の緊張は今までで一番高まっていた。

 彩生の出場する英語スピーチコンテストまで、あと数日。

 今日は彩生にとって、本番前に今野にスピーチを指導してもらえる、最後の機会なのだ。



「ひえー、暑い。二人とも水分とってね。こんな暑い中、登校に練習に、本当にご苦労様だね」

 額から吹き出てくる汗をハンカチで拭きながら、今野はどかっとイスに座った。

 ちょっと動いただけなのに、三人とも汗でべとべとだ。

 少し休憩して汗が落ち着いてから、ようやく練習は開始となった。




 勉強会のときと同じで、舞台下手にあたる方から入場し、演台代わりの机で前を向く。

 彩生のその様子を、今野と紬希はイスから見守った。

 今野は評価のために、腕組みして目を光らせているし、紬希は彩生のスマホを構えて入場からずっと動画を録っている。

 聞き手はたった二人なのに、見られているという圧はいつもより強いくらいだ。



 紬希はスマホ越しに彩生のスピーチを見ながら、ここに至るまでの日々を思い返した。

 原稿作成に始まり、英語能力や発表態度を磨く毎日。

 運動部のように連日何時間もかけて、というわけではないが、部活がある日もない日も、コツコツと練習を重ねてきた。


 自分と違って、彩生は最初からスピーチが上手い。

 でも一緒に努力をしてきた今の方が、さらに上手い。

 紬希はそんな彩生のことを自慢に思った。


 同時に、やっぱりわいてきたのは焦りだ。

 勉強会のときと同じで、人前でスピーチしている彩生を見ると、どうしても自分のスピーチを底辺未満に感じてしまう。

 一緒に練習しているときはそんなふうには思わないのに、本番に近い雰囲気での発表になればなるほど、そういう気持ちに襲われるのだ。


 彩生のスピーチは確信を持って上手い、大丈夫と言える。

 でも自分のスピーチは、他人から上手い、大丈夫、と言われたところで、なかなか自信が持てない。

 そればかりか、別の不安が首をもたげてくる。

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