22-11 納涼祭

 そうだったら良かったんだけど……。


 紬希はこれには同意できず、難しい表情をすることしかできなかった。

 言ったところで全然聞いてくれない、という言葉に「わかる」と返したばかりなのに、なぜ古瀬はそんなふうに思うのだろうか。


「だから、マミさんのこと頼むね」


 と言われても……。

 紬希は首をかしげて、曖昧にうなることしかできなかった。

 わかったと返事できるような自信はない。

 無理だとはねのけるのも何か違う。

 紬希はそんな自分を不甲斐なく思った。


 でも古瀬は、そうやって安請け合いしない紬希に、さらに期待と信頼を寄せた。

 できるかどうかわからないのは当たり前だ。

 だけど、優芽がちょっとでも耳を貸すその時まで、きっと紬希は根気よく向き合い続けてくれる。

 強制するでも、否定するでもなく、氷を少しずつとかすように優芽を変えていってくれる。

 そういうことが、きっと紬希にならできるという気がするのだ。



 パチパチという拍手の音がして、二人はそちらを向いた。

 どうやら盆踊りが終わったみたいだ。

 人々がやぐらからはけていく中、「花火の打ち上げまで少々お待ちください」というアナウンスが入った。

 スピーカーからは陽気なBGMが流れ始めたが、さっきまでと比べたら、とんでもなく静かになったように感じる。


「おっ、返事きた。みんなこっちに向かってるって!」

 通知音のしたスマホのロック画面を確認して、古瀬が言った。


 花火が上がれば、祭りもとうとう終わりだ。

 古瀬の家を出てからそんなにも時間が経過しただなんて、信じられない気持ちだった。



「こんなので申し訳ないけど、良かったら履きなよ!」

 スマホをベンチに置いた古瀬は突然スニーカーを脱ぎ始め、紬希に差し出してきた。

 二回、三回と突き出され、紬希は戸惑いつつもそれを受け取る。

 すると古瀬はベンチの上で膝を立てて、今度は靴下を脱ぎ始めた。

「下駄よりは痛くないと思うよ!」

 それを聞いて紬希はようやく理解した。

 古瀬は足を痛めている紬希のことを気づかってくれたのだ。

「ありがとう……!」


 優芽が頼まれたがりだとしたら、古瀬は面倒みたがりとでも言うのだろうか。

 相手がそれを意識して望んでいるかに関わらず、してあげたら嬉しいだろうなということを、察して動くところがある。

 紬希も古瀬に言われて初めて、そういえば下駄を履いて帰るのは大変だな、ということに気づいた。


「裸足で履いちゃっていいの?」

「いいよ! サイズ大きいけど、ごめんね」

「全然……! ありがとう」

 紬希がスニーカーを履いてみると、古瀬の言うとおり、かかとが何センチか余った。

 でも下駄よりは断然楽だ。


 下駄を拾って古瀬に渡すと、彼女はすぐさま履いて立ち上がった。

 そして、「似合う?」と両手を広げてみせた、その時だ。


「古瀬ーぇぇええ!」

「ぐええっ!?」


 全速力で走ってきた虹呼が、古瀬の腹部にタックルするみたいに飛びついてきた。

 不意打ちにも関わらず、古瀬はとっさに踏ん張ってその場にとどまった。

 虹呼のぶつかってきた衝撃も、固くした腹筋でガードしたに違いない。

 さもなければ今ごろ転倒、ケガで花火どころではなくなっている。


「紬希、足が痛くなったんだって? どう? 大丈夫?」

 虹呼以外は後ろからゆっくりと歩いてきて、紬希のまわりに集まった。

「途中で抜けてごめんね。とりあえず今は大丈夫」

「あたしらも抜けようと思ったんだけど、ニコが踊るって聞かなくて。マミさんも古瀬に任せとけば大丈夫って言うし」

 のろの言葉に、紬希は思わず優芽を見た。

 彼女は目が合うと、ニコッと笑ってみせた。

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