22-09 納涼祭

 第一印象で決めつけない。

 変だ、と思うことがあっても、否定から入らない。

 相手の事情を想像して理解しようとする。


 相手のことをありのままに受け取って、流動的に理解し続ける。

 肯定的な姿勢でその人自身を知っていく時に、診断名や類型は重要ではない。

 須藤の言う通りだ。


 ただ、それも万能ではないと、紬希は思うのだ。

 専門的な知識があるからこそ、理解できることもある。


 認知症というものを知らなかったら、紬希はフミ子さんの徘徊や記憶障害を、その症状であると理解できなかった。

 その人自身に目を向けるだけで理解できることには、どうしても限界があるのだ。



 紬希の想像はさらに広がった。

 みんなが相手のことを理解しようとし合う世界。

 世界がそんなふうに「かけはし」みたいな雰囲気だったら、自分ももっと安心して生きていくことができるのかなぁ。


 環境というのは大事、だと思う。

 須藤や今野の「巡り巡って自分に返ってくる」という言葉もある。


 日本語教室の子たちだって、文化の差や言語の障壁に直面して、いろいろな苦労をしている。

 日本にいるせいで、持っている才能を伸ばせないということもあるだろう。


 紬希にとっての環境は、学校だ。

 優芽たちと出会って、紬希が学校を休みたいと思うことは次第になくなっていった。

 出会った当初は余計につらかったし、今でも学校が疲れる場所であることは変わりない。

 でも、優芽たちが自分を受け入れてくれている、という安心感がそうさせたのだ。



 では、そうやって世界に安心を求める、世界を形作る一員でもある、自分はどうだろうか。

 同級生を宇宙人と感じたり、外国人というだけで関わるのをためらったりする自分は、本当に相手と向き合えているのだろうか。

 自身を宇宙人だと嘆く自分は、本当に自身と向き合えているのだろうか。





 紬希は挨拶をして、渡辺夫婦から離れた。

 口数の多くない紬希が、実は頭の中ではこんなにも思考を巡らせていただなんて、渡辺は思いもしないだろう。

 紬希と渡辺が会話をしたのは数分のこと。

 でも、紬希の中にはその何倍もの充実感が満ちていた。



 隣のベンチで、古瀬は座ってスマホをいじっていた。

 紬希が戻ってくるのに気づくと、彼女はスマホの画面を掲げてみせた。

「みんなにここにいること連絡しといた」

「ひとりにしちゃってごめんね。ありがとう」

 この分だと、みんなは最後まで踊るのだろう。

 二人は並んで座って、盆踊りを眺めた。


 でもぼうっとしたのはひと息だけで、すぐに古瀬は上半身をひねって、紬希の方に向き直った。

「紬希ってマミさんと仲良いよね」

「えっ?」

 驚いて、紬希も古瀬を見た。

「お婆さんを助けて遅刻したっていうのもだけど、他にも二人で出掛けたりとかしてるんでしょ?」


 かけはしのことだ、と紬希は思った。

 クラスメートからすれば確かに、紬希と優芽がなぜこんなにも仲良くなったのか、不思議に思えるだろう。



 紬希にとって決定的だったのは、知り合って二日目の出来事だ。

 グループに誘って迷惑でなかったかと聞かれ、田沼に気にかけるよう頼まれたことも打ち明けられ、紬希は悲観の沼にはまりこんだ。

 でも優芽は、一瞬でそこからすくい上げてくれた。


 優芽をすごいと思った、あの瞬間。

 きっと紬希が優芽についていくことは決まっていた。



 加えて、モルモルという非現実的な存在だ。

 優芽との距離がこんなにもすぐに縮まったのは、この地球外生命体のお陰だ。

 その事については紬希はとても感謝している。

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