22-07 納涼祭

 その横顔をしばらく見つめて、紬希は「あれっ?」と思った。

「フミ子さん……?」

「誰? 知り合いのお婆ちゃん?」

 紬希が軽く説明すると、古瀬は「ああ、紬希とマミさんが遅刻したときの……」と頷いた。

 行方不明事件以来の、渡辺夫婦との再会だった。


 そうとわかると、紬希は電灯に照らされるフミ子さんをまじまじと見ずにはいられなかった。

 全体の見た感じでは以前と変わったところはない。

 でも、ささいなところには変化が生じているのに気づいた。


 今日のフミ子さんは季節に合った薄手の服を着ているし、靴も足をすっぽりと覆う歩きやすそうなものをはいている。

 加えて視線も、盆踊りを見ているとわかる、しっかりしたものだ。

 前のちぐはぐな服装や、ぼうっとしていた目を思えば、明らかに良い方向に変わった。


 渡辺さんは誰かに頼ることができたんだろうか。

 介護サービスは使い始めたんだろうか。


 かけはしで須藤に教えてもらったことを思い出しながら、紬希はそわそわとした。

 知りたい気持ちはあるが、話しかけるとなると怖じ気づいてしまう。


 向こうはもうこっちのことなんて覚えていないだろうし。

 足が痛くて、隣のベンチまで歩くのも大変だし。


 そうやって言い訳を並べてみるものの、これを逃したら、渡辺夫婦のその後を知る機会はもうないかもしれない。

 今もなお、夫婦が困っているのなら、自分は助けになるかもしれない方法を知っている。

 こんな若輩者では、その方法を話したところで、背中を押すには役不足だろう。

 でも、自分にやれることがあるのにやってみないのは、紬希にとってはやっぱり、見捨てるみたいで落ち着かなかった。


 それに優芽だって渡辺夫婦のことは気にしているはずだ。

 ここにいるのが彼女だったら、間違いなくすぐに話しかけに行っただろう。

 自分がここで動かないのは、優芽の知る機会もつぶしてしまうのと同じだ。



 しばらく葛藤した末に、紬希は意を決して立ち上がった。

 心臓が痛いほどに鳴って、口の中がカラカラに渇いている。


「こんばんは。あの……五月に、迷子だったフミ子さんを見つけた……者です」

 しどろもどろではあったが、足を引きずりながら渡辺夫婦の前まで行って、紬希はどうにか話しかけることに成功した。

 突然話しかけられた渡辺はぽかんとして固まったが、あっと目を見開いて「あのときのお姉ちゃんか!」と叫んだ。


「いや~こんなとこで会うなんてね。その節はどうも。浴衣だったから見違えたよ!」

 誰だかわかってもらえて、紬希はほっとした。

「あっちの子は? もしかしてあのときの?」

 渡辺と目が合ったらしく、少し離れたところから立って見ていた古瀬が会釈した。

「あ、いえ。あの子は別の友達で」

「だよねえ。あんなに背ぇ高くなかったもんね?」

 渡辺は納得した顔で頷いた。

「あの、フミ子さんはあれから……大丈夫ですか?」

 言いながらチラリとフミ子さんの方を見た。

 その意識は相変わらず盆踊りに集中している。

 自分が話題にされていることには気づいていないようだ。


 渡辺は今度は苦笑して頷いた。

「大丈夫大丈夫。ちょっと迷子にならないように工夫してね」

「工夫……」

「まあでも、デイに行き始めて、そういうのも減ったよ」

「デイ……」

 とっさに返事が思い浮かばず、紬希はおうむ返しすることしかできなかった。

 でも脳内では目まぐるしく思考がなされている。

 一を聞いて十を理解せんとするかのように、自分の中にある知識を次々と引き出しては、照らし合わせているのだ。

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