22-06 納涼祭
「あたしが一緒に行くよ」
「いや、マミさんは残って、みんなが騒ぐようならこのこと伝えといて」
名乗り出た優芽を古瀬は片手で制止した。
そして、自分のボディーバッグをぽんぽんと叩いて、ニッとして見せる。
「私、絆創膏持ってるからさ。運動部女子のたしなみってやつよ」
そういうことなら、と紬希には古瀬が付き添うことになり、二人は踊りの輪からゆっくりと離れていった。
公園のベンチまでなんとか歩いて、紬希はほっと腰をおろした。
立っているよりはマシだが、座ってもまだ鼻緒は指の間に食い込んでいる。
もしかしたら肌がえぐられているのかもしれない。
不安に思いつつ慎重に下駄を引き剥がしてみると、親指と人差し指の間はもちろん、鼻緒が擦れる甲の部分まで、見てわかるくらいに赤くなっていた。
「これは痛いわ。我慢してたんじゃない? ごめんね、私が下駄なんか勧めたばっかりに……」
「ううん。借りるって決めたのは私だから……古瀬ちゃんのせいじゃないよ」
サンダルにしておけばこんなことにはならなかった。
紬希の足元に屈んで、古瀬はしきりに悔やんだ。
でもこれは誰の責任でもない。
こんなにしっかり盆踊りをするとわかっていれば履き慣れたものを選んだだろうが、事前にはわからなかったことだ。
二人は傷口を洗い流さず、絆創膏で保護するにとどめた。
まず甲の部分に貼り、次いで鼻緒に沿う角度で指の間に貼って、応急手当は完了だ。
痛みは何もやわらがないが、直接の摩擦を防げるという安心感は、だいぶ気持ちを楽にさせた。
「知らないうちにあんなに輪が大きくなってたんだね」
古瀬も紬希の隣に腰をおろし、グラウンドを眺めながら言った。
最初はみんなまごついていたのが嘘のように、今では大勢の人がぐるぐるとやぐらを取り囲んで踊っている。
その光景はきっと、楽しいという感情と共に多くの人の胸に刻まれるのだろう。
「みんなまだ踊ってんのかな?」
古瀬が額に手をかざして目を凝らしたが、ここからでは人を判別するのは難しい。
「古瀬ちゃん、ごめんね。私、ひとりで平気だから、みんなのところに戻って大丈夫だよ」
自分が足を負傷したばかりに古瀬を付き合わせてしまった。
そう思って、紬希はたまらなく申し訳ない気持ちだった。
でも、それを聞いた古瀬は、額にかざしていた手をひらひらと顔の前で振って、笑った。
「いや、もう盆踊りはいいや。ここで一緒に休憩させて!」
古瀬の言い方はあまりに爽やかで、紬希の申し訳なさをスッと拭い去ってくれた。
他のみんなは気にせず踊っててくれたらいいな。
紬希はグラウンドに目をやって、強くそう思った。
せっかく楽しく踊っているのに、自分のせいで中断させてしまうのは心苦しい。
音楽と共に踊りが止まって、次に始まった曲に合わせて再び動き出した。
流れ出したのはポップスでもアニメ音頭でもなく、「月が~出た出~た~」の炭坑節だ。
やっぱり盆踊りは民謡に合わせて踊るのが一番らしい気がした。
「相変わらず、後ろにさがる振り付けはみんな苦手だね」
古瀬の言葉に、「だね」と紬希も笑った。
他人事のようだが、自分たちもさっきまではあの一員だったのだ。
そうやって人々がぐるぐる踊っているのを眺めていると、突然、隣のベンチからかすれるような声で「サノヨイヨイ」という声が聞こえてきた。
驚いて声のした方を振り向くと、座っていたのは老夫婦だった。
唄ったのはそのお婆さんの方のようだ。
手拍子をしながら、まっすぐグラウンドに視線を注いでいる。
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