22-05 納涼祭

 輪に加わった六人にはすぐさまうちわが手渡され、笑顔で踊りに送り出された。

「えー、どうやって踊るの……」

 ぼやきながらも彩生は踊り手の動きをマネ始める。

 のろはうちわを片手に、ただ歩いているだけでやる気がない。


「優芽ちゃん、これ帯のところに差してもらえる?」

「あ、いいね。あたしも差してもらっていい?」

 紬希と優芽は、もらったうちわを浴衣の帯の結び目に差しあった。

 うちわなんてもらっても仕方がない、と思っていたが意外と様になる。

 それだけで、なんとなくテンションが上がった。



「みーぎ! ひだり! 手を振って、もっかい!」

 ポップスに合わせての盆踊りは、盆踊りというより普通にダンスだ。

 やぐらの男性が、リードするように振りを叫んでくれるので、初めてでもなんとか曲についていける。

 何度か繰り返すうちにスムーズに踊れるようになり、参加者には徐々に楽しむ余裕が生まれた。


 それを端から見ていて簡単だと思ったのか、楽しそうに感じたのか、あるいは単にヒマだったからか、踊りの輪にはぽつりぽつりと人が加わっていった。

 曲はポップスだけでなく、国民的アニメの曲や、若い世代は存在すら知らないであろうキャラクター音頭など、いろいろなものが続いた。

 どれも振り付けは簡単だ。

 でもたまに入る、後ろにさがる動きだけはみんなミスしがちで、途端にぐだぐだになるのを誰も彼もが笑った。

 同じ曲を同じように踊るだけでなく、そうやって同じところで失敗して笑ううちに、会場の一体感は増していった。




 そんな中、紬希だけが別世界に片足を突っ込んでいる。


 彼女は目の前で揺れる魔法少女の顔から視線を外せないでいた。

 前で踊る虹呼が、後頭部にお面をつけているのだ。

 揺れるそれは、まるで催眠術。

 音楽に合わせて手足を動かしながらも、紬希は突飛な思考へといざなわれ、不意に西馬音内にしもない盆踊りを連想した。



 阿波踊りと同じく日本三大盆踊りに数えられる西馬音内盆踊り。

 その踊り子は笠や頭巾で顔を隠す。

 かがり火に照らされる中、そうやって黒い布をかぶった人が踊る様はまるで亡者のようで、踊りには輪廻転生を意味すると言われる動きもあるのだとか。


 思考は猶も巡る。


 そもそも盆踊りとはご先祖様を供養するためのものだ。

 そう考えると、みんなで輪になって、延々と同じ動きを繰り返すこの行事は、どこか呪術的にも思える。


 輪というものには始まりもなければ終わりもない。

 とても象徴的だ。


 永遠。

 循環。

 永劫回帰。

 相反するものの両存。


 色々なワードが連想されては消えていく。

 揺れるお面の輪郭がぶれていく。

 人々の背中の境界線がとけていく。

 自分の意識が、曖昧になっていく。



「ちょっと紬希、大丈夫?」

 隣で踊っていた古瀬が異変に気づいて、紬希の肩をたたいた。

 ハッと現実に引き戻され、紬希は自分が脂汗をかいていることに気づいた。


 足が、痛い。


 認識した途端、感覚が過剰なくらいに鋭くなって、つむじにまで上がってくるような痛みに襲われた。

 痛みを我慢するうちに、知らず知らず朦朧としてしまっていたのだ。


「どうしたの?」

 後ろで踊っていた優芽も何事かと駆け寄ってきた。

「ごめん、鼻緒が食い込んで、足が……」

 それを聞いて、二人も痛そうに顔をしかめる。

「一旦抜けよう。歩ける? おんぶしようか?」

 答える前から、古瀬は少し屈んでおんぶの姿勢を取った。


 本当は指の間が痺れるように痛くて、もう一歩も歩きたくない。

 でも紬希は小さく首を振った。

 浴衣は裾さばきが悪くて、上手に背負われる自信がないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る