22-03 納涼祭

 まだ中身が入っているからか、抜け殻よりも全体的に色が濃くて、ころんとしている。

 パカッと開いた形で見慣れている背中はツヤツヤとしていて、今にも張り裂けそうに思えた。


「ねえ、これ古瀬のとこに持っていかない?」

 そう言って彩生はニヤッとした。

 虫といえば古瀬だ。

 ビックリ箱みたいに彼女に見せてやれば、それはそれは面白い反応をするに違いない。

「えー、やめときなよ」

 優芽は一応止めた。

 そんなの虫にも古瀬にもいい迷惑だ。

 しかし、からかいたい気持ちでいっぱいの相手を、そんな軽い言い方で止めることなんてできるわけがない。

 同調したのろは無造作にフェンスに手を伸ばした。


「ダメだよっ!」


 それをピシャリと止めたのは、紬希だった。

「幼虫っていうのはすごくデリケートなんだから! 私たちが触ったせいできちんと羽化できなくなっちゃうかもしれないよ!」


 普段強く言うことのない紬希が必死に止めるのを見て、彩生とのろだけでなく、優芽まで面食らった。

 紬希が言うのなら、これは絶対にやめておいた方がいいことなのだ。

 深く考えずにいた三人は、一瞬でそれを悟った。


「そうなんだ。ダンゴ虫みたいに触っても大丈夫かと思った」

「まあ、セミは地面から出たら一週間しか生きられないっていうし。可哀想だよね」

 のろが素直に手をおろし、彩生も納得してくれて、紬希は安心した表情を浮かべた。




 ここでのろと彩生が真剣に取り合わなかったら、紬希はもっと強く出ていたのだろうか。

 優芽はふと、そんなことを考えた。


 紬希は引っ込んでいるように見えて、声をあげるべき時にはパッと自分を出すところがある。

 優芽とモルモルとのことを知ったときもそうだ。

 彼女は優芽のことを心配して、次々と声をあげてくれた。



 紬希は物知りで、たくさんの考えを持っていて、ルールや善悪に厳しいところがあって、そして、とても優しい。


 関わり始めて約三ヶ月。

 きっかけは田沼からの彼女をサポートしてほしいというお願いだったが、紬希の内面を知れば知るほど、むしろ今では頼りがいを感じていた。



 ここまで彼女と親密になれたのは、モルモルのお陰と言っても過言ではない。

 紬希がドナドナーでなければ、一緒にかけはしには行かなかったし、変身してのゴミ拾いも、フミ子さんの一件もなかったはずだ。


 自分をドナーにしてくれたというだけで、モルモルには感謝していた。

 それに加えて、紬希との縁まで深めてくれて、優芽はモルモルと真っ暗なあの空間で出会ったとき、手を振り払わなくて本当によかったと思うのだった。




「じゃあね。立派なセミになるんだよ」

 四人はセミの幼虫にエールを送り、そっとその場を離れた。

 虹呼と古瀬はまだ何やら不審な挙動をしていて、どうやら話は変身シーンから、相棒の妖精に移り変わったらしい。


 切りがないから助けてやるか、とみんなで声をかけ、虹呼のごっこ遊びは終了となった。

 さいわい彼女はキャラクターショーを観るとは言わず、露店を回りきった後はみんなで人通りの少ない場所に固まって、たまにショーへのツッコミを入れながらとにかくしゃべりまくった。


「親がうるさくなくなったら、今度はこんな地元のじゃなくて、もっと大きい花火大会に行きたいよね!」

「ねー」

「でもその頃には友達じゃなくて、彼氏とじゃない?」

「なぁに~? 思い当たる人でもいるのぉ?」

「違うって。今じゃなくて、もっと先の話!」

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