22-01 納涼祭

 和風の門をくぐると、生い茂る緑の間を飛び石が続き、ちょろちょろと水の音が聞こえた。

「わーい、鯉に餌やっていい?」

「一回百円ね」

 虹呼にこは一直線に池へと駆けて行くと、しゃがんで水面を覗き込んだ。

 猫なで声で鯉の名前を一匹ずつ呼び、挨拶をし始めたが、それらはどれも彼女が勝手に名付けたものらしい。



 虹呼と紬希は古瀬宅に来ていた。

 夏休み前とは違った体感速度で日々は流れ、曜日感覚も溶けかけのこの頃。

 いつの間にやら、今日は納涼祭の日なのだった。


「ちょっと会わない間にまた背ぇ伸びた?」

「伸びてないわ! 殴るぞ!」

「キャー! 暴力はんたーい!」

 拳を振り上げる古瀬からすぐさま離れて、虹呼は紬希の後ろに逃げ込んだ。

 勉強会で会わなかったからか、古瀬の顔を見るのは随分久しぶりな気がする。

 じゃれ合う二人はすでに甚平姿で、祭りの準備は万端だ。


 残りのメンバーはまだ来ていない。

 紬希は古瀬から浴衣を借りるという約束のため、そして虹呼はそれに便乗して、少し早めに集まったのだ。


 最初こそ浴衣を遠慮し、こんなはずではなかったと落ち込んでさえいた紬希だったが、今ではそれを着るのが楽しみになっていた。

 特別な日に、特別な格好をする。

 そんな非日常感の二乗に気分が膨らみ、古瀬に勧められるまま、結局下駄まで借りることになっていた。



「やーん、可愛い~。やっぱ紬希には和が似合うと思ったんだ~」

 着替えた紬希を三六〇度から眺めて、古瀬は黄色い声をあげた。

「うわっ、おっさんだ。ボクは? ボクは!?」

 そう聞かれて、古瀬がわざと真顔を作る。

「ニコも可愛いよ。ちっちゃくて」

「それ甚平関係ないやんけー!」


 甚平姿の虹呼は、背丈というよりも雰囲気にちっちゃい子みたいな可愛さがある。

 背が高くてショートヘアな古瀬は、パッと見男子のようでなんとなくカッコいい。

 同じ女物の甚平なのに、不思議なくらい受ける印象は違った。


 やがて全員が集まり、しゃべったり軽食をとったりの和気あいあいとした時間を過ごす。

 そうして程よい頃合いになったところで、一同は会場のグラウンドへと移動を始めた。



 この時期の六時は、夕方だと意識しなければ忘れてしまうくらいに明るい。

 一ヶ月以上も前に夏至が過ぎ、日に日に昼が短くなっているなんて信じがたい話である。


 浴衣が三人、甚平が二人の集団は、色が重なりあって見た目だけでも賑やかだ。

 やはり浴衣の方が雰囲気があって目を引くが、古瀬と虹呼の甚平は柄が派手で、所々ラメも入っているので負けず劣らず目立つ。

 のろは結局私服で着たが、それを残念がる様子はなかった。

 お互いの珍しい姿にキャイキャイと会話は弾み、時おり立ち止まっては写真を撮りながら、一同はだらだら進んだ。



 グラウンドに近づくにつれ、おいしそうな匂いが漂い、マイクで何かアナウンスしている声や、音楽が聞こえてくる。


 実行委員会の挨拶に続き、オープニングを飾っているのは地元学生による楽器演奏だ。

 流行りのポップスが生演奏される中、祭りに集まった人々はガヤガヤと会場内を行き交っていた。

 浴衣や甚平を着た人もちらほら混じっている。

 中央にはやぐらが組まれ、グラウンドのフェンス沿いにはぐるっと露店が並んでいた。

 所々に設けられた休憩席は満席で、どの人も屋台で買った食べ物を頬張っている。


「とりあえず回る?」

 みんな頷いて、一同はあてもなく何が売られているのかを順番に見ていった。

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