19-06 何々の夏

 開きかけた口を紬希は閉じて、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。

 そうして、精一杯笑顔を作った。

「じゃあさ、二つ約束しよう。ヘッブを使うのは、自分自身のことだけ。使う前には必ずモルモルに相談。それなら暴走も、優芽ちゃんの心配事も、大丈夫でしょ?」

 紬希は「暴走も」というところを密かに強調した。

 優芽に、自分の押し込めた気持ちが伝わることを願って。




「それにしても、相利共生とか言って詐欺だよね。ヘッブを使いまくりたいドナーにとってはそうかもしれないけど、そうじゃないドナーにとっては負担でしかないよ。万が一の事態を防ぐために、わざわざ使い道を考えなきゃいけないんだから」

 紬希が愚痴っぽく言った。


 相利とはお互いにメリットがあるということだ。

 ヘッブが負担となるなら、それはモルモルにだけメリットがある片利共生といった方が正しい。

 もしくは寄生だ。


「いや、今までガス抜きをしていたドナーはいない。だが、そのせいでヘッブが暴走したこともない」

「でも、絶対ないとは言いきれないんでしょ? じゃあガス抜きしなきゃ」

 譲らない紬希に、モルモルはそれ以上何も言わなかった。

 諦めたわけではなく、モルモルは紬希の懸念をもっともなことだと受け入れているのだ。

 モルモルの主張はただ事実を述べただけであって、抗議ではない。


「ま、今日のところはしゃぼん玉やっておこっか! せっかく晴れてるしさ」

 優芽は窓の外に視線をやって、眩しそうに目を細めた。




 公園に向かう途中、二人は街のいろんなところにポスターが貼ってあるのに気づいた。

 毛筆で書いたような字のバックには、色とりどりの花火がド派手に咲いている。

「すごい! こんな豪華な花火大会やるんだ! ね、紬希。これ行かない? クラスのみんなも誘ってさ!」

「行きたいっ! ……けど」


 紬希も優芽と同じ気持ちだった。

 夜に自分たちだけで街に来て、露店をまわって、大輪の花火を仰げたらどんなに楽しいだろう。

 でもそれは叶わぬ望みだ。

「親がダメって言うと思う……」

 優芽も急に現実に引き戻されて、みるみる表情がしおれた。

「たしかに……帰りも遅くなるし絶対許可してもらえないね……」

 膨らんだ期待が一瞬でつぶれて、二人はとぼとぼと歩いた。



 まだまだ親は自分たちを子ども扱いだ。

 夜に、しかも女の子だけで出掛けるなんて危ない。

 そうやって一蹴されるのがありありと想像できる。

 本当は普通に行って帰ってこられるのに。

 何かと理由をつけて、親は自分たちの行動を制限してくるのだ。



 親の心子知らずで、二人は自分が子どもであることを呪った。

 しかし、一度膨らんだ気持ちを、そう易々と捨てることはできない。

「……じゃあさ、地元の納涼祭に行こうよ! 小さいお祭りだけど、一番最後に花火も上がるし、遅くとも九時には家に帰れるし!」


 もうみんなと一緒にお祭りに行って花火を見る、という気持ちになっている。

 それを何がなんでも満たさなければ気が済まない。

 夏休みに夏休みっぽいことをしなくてどうする!


「もしかして、ゴミ拾いの公園で開かれるやつ?」

「そう! お祭りが始まる時間はまだ明るいし、帰りは地元民が一斉に帰るから夜道でひとりにもほとんどならない。これなら親も文句言わないでしょ!」

 即答せずに考えを巡らせ始めた紬希だったが、その目はキラキラと輝いていた。

 やがて彼女が頷くと、優芽はヨッシャと手を叩いた。

「決まり! みんな誘って、絶対行こうね!」


 イベントボランティアに納涼祭に。

 今年の夏には、あと何を詰め込もう。

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