20-01 終業

「へい、パス!」

「うおーっしゃぁあ!」

「ナイス~」

「ナイッサー!」

 どかどかと走り回る音。

 床とシューズがキュ、キュと擦れる音。

 歓声、応援。

 体育館では、生徒たちが汗だくになってボールを追っていた。



 担任の田沼が突然、「今からの時間はレクをやることにする!」と言い出したときは大ブーイングだった。

「男子はバスケ、女子はバレー! はい、体育館に移動! 体育館は人気で、とるの大変だったんだぞ! はい、さっさと着替えて行けー!」

「ウソだろ~。体育館なんかサウナ状態で、人気なんかあるわけねーよぉ」

「冷房のきいた教室で夏休みの宿題やらせてくれるクラスもあるのに?」

「最悪~! この教室から出たくなーい!」


 思った通り、体育館の窓という窓を開け放しても時たま入ってくるのはぬるい風で、涼しい場所なんてひとつもない。

 でも、始まってしまえば、みんなそれなりに一生懸命だった。



 紬希のこめかみからも、汗がだらりと垂れ落ちる。

 相手コートから飛んできたボールは頭上を通過し、見事床にぶつかって、勢いよく跳ね上がった。

 てんてんとバウンドしながら転がっていくボールを全員がしばし無言で見送り、ややあって虹呼にこが「古瀬ー!」と叫んだ。


「ごめんごめん!」

 前衛の古瀬が振り返って、手を合わせた。

 ボールが落ちたのはコートの後ろ寄りで、彼女の守備範囲ではない。

 でも古瀬は笑顔で謝って、ボールを取りに行った。



 女子のバレーは四人制で、使用するボールも柔らかい、いわゆるソフトバレーだった。

 いつもの仲良しグループはそのままのメンバーでひとつのチームとなり、得点するごとにローテーションしながら試合を行なっていた。

 今コートに立っているのは紬希、古瀬、虹呼、彩生あきで、外には優芽とのろが待機している。


 バレー部の古瀬が大きな戦力である一方、運動音痴でやる気もない虹呼とのろは完全にお荷物状態だった。

 二人はコートに入っても棒立ちしているだけで、飛んできたボールに手を伸ばそうともしない。

 でもグループのみんなは誰も怒らなかった。


 そのうちに紬希が待機になり、古瀬も待機になり、二人は地窓の近くに並んで座って水分をとった。



「ニコとのろが揃うとやっぱなかなか順番が回ってこないな~」

 古瀬が試合を眺めながら、さほど気にするふうでもなく言った。

「古瀬ちゃん良かったの? バレー部の子にチーム誘われてたでしょ?」


 本当は少しでも強いチームでバレーらしいバレーをしたかったのではないか。

 紬希はそんなことを気にかけていた。

 普段からバレーを頑張っている古瀬には、このレクは退屈に違いない。


「あー、いいのいいの。紬希たちとやりたかったから。部活の子たちとは部活でやればいいし」

 その部活の子たちは、コートに古瀬のいぬ間に容赦なく点数を稼いでいる。

 バレー部対実質二人組チームでは、相手のミスを待つくらいしかやれることはない。


「ファ~イトぉ~」

 古瀬はとりあえず応援を飛ばしてみたが、それがチームに届いた気配はない。

 彼女の口にそえられていた両手がゆるゆると下がって、ぽとりと落ちた。


 ただ暑いというだけで体力が削られていく季節だ。

 紬希と古瀬は休憩しているはずなのに熱でぼーっとなりながら、一方的な戦況を眺めた。

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