19-05 何々の夏

「まあまあ二人とも。モルモル、オブラートに包むっていうのは相手にショックを与えないように遠回しな言い方をするってことだよ。あと角が立たないようにクッション言葉を使うとか……相手が理解しやすいだけじゃなくて、気持ちを逆なでしない話し方も学ばないとね」

「善処する」

 優芽が大きくため息をついた。

 前回のように、マネになっていない須藤のマネをされるよりかは遥かにマシだが。



 試しに言い換えを意識したドナーやヘッブの説明をお願いしてみた。

 でも、そう簡単にはいかないようだ。

 易しくしようとすれば内容が足りず、詳しくしようとすれば言葉が難しくなってしまう。

 モルモルと紬希が頭をひねり、優芽がジャッジするという形で、三人はしばらく正解を模索した。

 前途多難だが、紬希が過去に指摘した「モルモルはもっと柔らかい話し方をしたほうが良い」というのにはなんとなく近づいた気がする。

 やがて何がやさしくて何がやさしくないのか訳がわからなくなってきて、三人は「今日はここまで」とこの話題を終わりにした。



「ところで優芽ちゃん、しゃぼん玉なんだけど」

 追加で購入したジュースを何口か飲んで、紬希が引き続きモルモル関係のことを話し始めた。

 ゴクゴクと脳に潤いを補給していた優芽もコンッと勢いよくコップを置き、ぷはーと満足げな表情を浮かべた。

 難しい話の後は糖分に限る。


「あ、今日もやるよね? 暑そ~」

「そう、それ。せっかく考えたけど、このまま暑くなっていったらできなくなるかも……公園に来る人も減りそうだし」

「じゃ、また新しい方法考える?」

 文句のひとつも言わない優芽に、紬希は申し訳ない気持ちになった。

 散々考えてこれでは徒労も同じだ。

「あの…………前は偉そうなこと言ってごめんね」

 突然の謝罪。

 何のことかわからず、優芽の顔がぽかんとなった。



 紬希は今では「ヘッブで楽をしても幸せにはなれない」と諭した自分を恥ずかしく思っていた。

 自分だって苦手なことからは逃げ出したい。

 それに直面していないときは何とでも偉そうなことを言えるが、直面してしまえば、たちまちそんなものは関係なくなってしまう。

 願いとは頭で考えるものではなく、そういう刹那的で、衝動的なものなのだ。



「願い事って、まさにそれが必要っていう状況で浮かぶものだなって思って。だから、前みたいに何でもない時にリスト化しようとしても浮かんでこないのは当たり前で、叶えたいって思ったその時に、気をつけながら叶えていけばいいんじゃないかって」

「……つまり、わざわざしゃぼん玉で予防するんじゃなくて、あたしが使いたいって思ったときに使っていいってこと?」

 紬希はこくりと頷いた。


 すると、喜ぶかと思いきや、優芽は「えぇ~!?」という声を上げた。

「自信ないよ~。紬希が考えてくれないと、絶対あたし何かやらかしちゃう!」

「……暴走させちゃう、ってこと?」

「違う違う! ヘッブを使った結果、周りに悪い影響が出ないかとか想像できないからさ、そういうのが心配なんだよ!」


 何を「叶えたい!」と思うか。

 それはその時になってみないとわからない。

 もしそれが他人をなんとかしてあげたいという願いだったら、どうすれば良いのだろう。

 優芽自身の力ではどうにもならないが、ヘッブでならどうにかできる。

 そんな場面に出くわす可能性は大いにあり得る。


「あたしがどうなろうと自業自得だけど、役に立とうと思ってしたことがその人を不幸にさせたらイヤだもん。でも紬希みたいに考えるのはあたしには無理……」

 困り顔で頭を掻く優芽は、紬希に悲しそうな視線を注がれていることに気づかなかった。

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