19-04 何々の夏
でも、そうやって嘆く紬希に、須藤は「そうかな?」と首をかしげた。
「久我さんって、必要なときにはきちんと自分の意見を言うじゃない? そういう時すごく丁寧で、しっかり伝えようとしてくれてる感じがする。スピーチも、そういう久我さんのスタイルでやったらいいんじゃない?」
あっと思うと同時に、紬希の中にもうひとつの道が現れた。
アピールにアピールを重ねる、攻めのスピーチではなく、ただ伝えることに一生懸命なスピーチ。
彩生と練習するうちに、紬希は彩生こそが正解だと思い込んでしまっていた。
彩生は絶対的な上で、自分はそこに数ミリでも追いつかなくてはいけない。
そうやって目指す方向を定めて、必死にやってきたのだ。
もちろん、彩生以外にも参考にすべく、英語スピーチについてネットで検索したり、過去の大会の動画を見たりもした。
でも、誰もが堂々としていて、自分とは大違いに見えた。
紬希はアグレッシブにはなれないし、自信を持つこともできない。
正解になれないことがわかっていたから、余計に絶望した。
だけど、須藤は紬希というキャラのままスピーチすればいいと言ってくれた。
地味だろう。
押しも弱いだろう。
それでも、須藤が言ってくれたら、紬希はそれでも良いのだと思えた。
人前に立つ緊張や不安は消えない。
目指すべきモデルがいないから、正解も自分で探さなくてはならない。
だが、かけ離れた自分を演じる恥ずかしさからは解放される。
紬希は新しい道の方を歩いてみようと思った。
「もしかしたら、今年は変身の夏になるかもね」
須藤がそう言ってほほ笑んだ。
---
「えー、では第何回モルモル会――」
「紬希。ムーはわかったぞ!」
毎度おなじみのドーナツ、そしてそれを食べ終わった後の会議。
もはや数えることが面倒くさくなった優芽の開会の言葉をさえぎり、モルモルは勢いよく話し始めた。
「言い換えだ!」
声色はいつもどおり平坦なものの、その勢いからは明らかに興奮が感じられた。
モルモルの声から感情がにじむなんて、今までにはなかったことだ。
「相手に理解してもらえる話し方の鍵は言い換えだったんだ。英語のスピーチ原稿を作るとき、彩生は直訳ではなくて言い換えだと言った。それに今野も、やさしい日本語にするには簡単な単語に言い換えると言っていた」
どうやらモルモルは、習得を目指している「易しい説明の仕方」について語り始めたらしい。
姿が見えないから本当のところはよくわからないが、おそらく優芽のうなじからテーブルに置かれたスマホにたどり着くや否や声をあげたのだろう。
優芽の司会を待てずに話し始めた一方で、そういうところは律儀だ。
「ちょっと待って、モルモル。なんで紬希って名指しなわけ?」
三人での会議なのに、と優芽は口を尖らせた。
「こういう話は紬希にした方が良い。通訳を買って出たのは紬希なのだから、指導者も紬希なはずだ。優芽は頭が悪いしな」
「あれぇ~モルモル~? 優しい言葉全然使えてないよ~?」
言いながら、優芽はテーブルのスマホを何度もぺしぺしとやった。
しかし、画面に指紋がついただけで、彼女の指はそれ以外には何にも触れない。
攻撃に失敗し、優芽は無念そうに手を引っ込めた。
「はあ。モルモルにはオブラートに包むってことも覚えてもらわないといけないな!」
「薬を飲む時のあれか?」
そっちの意味ではない。
腕を組んでいた優芽はガクッとなって、「だからなんでたまにあたしが難しい言葉使うと……」とぼやいた。
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