19-03 何々の夏

 作業に使った様々な物品を須藤と紬希はかき集め、別室へと持っていった。

 そこは倉庫と呼ばれる、名前の通りいろいろなものが保管してある小部屋だ。

 壁際にはアルミラックが置かれ、さらに小さい棚や小箱を活用して、しっかり物品が管理されている。

 二人は持ってきたものを、棚の所定の位置に収めていった。


 子どもたちも外に出ており、辺りに音はない。

 整理整頓するカタカタという音だけが静かに響いた。



 そのどこか落ち着く空気の中、須藤はこっそりと紬希に話しかけてきた。

「その後、どう? 先月は落ち込んでいるふうだったけど。あれからは困ったことはなかった?」


 そう言われて、紬希は顔がぼっと熱くなった。

 先月のかけはしで、紬希はのろと喧嘩してから肥大する一方だった自分の気持ちを、須藤に打ち明けた。


 あれはすでに紬希の中では黒歴史だ。

 メンタルが弱っていたがために変な気を起こしてしまったのだ。


 とはいえ、須藤に話を聴いてもらわなければ、気持ちは今も回復していなかったかもしれない。

 そういう意味では後悔はないのだが、正気に戻った今思い返してみると、とにかく恥ずかしくてたまらない。


 でも、紬希は見られないようにしながら頬をゆるめた。

 きっと二人きりの時間を作るため、わざわざ須藤は自分を片付けに指名してくれたのだ。


「前は本当にありがとうございました……すみません。お陰さまで今は大丈夫です。ただ……」

「ただ?」


 黒歴史にもだえた直後なのに、なぜだろう。

 性懲りもなく紬希はまた、須藤に弱音を聴いてほしくなってしまった。

「英語スピーチコンテストに出ることになってしまって……」

「え、すごい!」


 紬希が語学部のことや、出場の経緯を話すと、須藤は感心しながら聴いてくれた。

「そんな部活があるなんて久我さんの学校はすごいね」

「はい。いい経験になってます。でもスピーチコンテストだけは失敗だったなって……考えないようにしててもずっと不安で……正直逃げたいです」


 彩生あきや他の子たちにも絶対に言えなかった本音。

 嫌だ。

 逃げたい。

 やめたい。

 自分の中に溜まっていくばかりのその気持ちを、紬希は少しでも言葉にして、軽くしたかったのかもしれない。


「すみません、こんなこと言って。出場だって自分で決めたことなのに」

「いや~、それは緊張するよ。大勢の前で、しかも英語で発表するなんて」


 確かに人前で英語で発表するのは緊張する。

 でも、それだけではない。

 その思いを引き金に、気づけば紬希は早口に愚痴を吐きだしていた。



 とにかくキャラじゃないのだ。

 今野の言ったとおり、スピーチで肝心なのは伝えたい気持ちだ。


 自分の考えを自分で全肯定して、自信満々に、声や表情などのあらゆる手段を効果的に使って我を放出する。

 そんな正解の姿を頭ではわかっていた。


 でもそれをするのはなんだか自分ではない、違う。

 その意識が紬希の心にブレーキをかけた。

 いつもの自分からかけ離れた自分を、みんなに見せたくない。

 その強い思いを持ったままでは、彼女は遠慮がちで、恥ずかしがっているようなスピーチしかできなかった。


 そもそも、スピーチの内容にだって自信がないのだ。

 間違ったことは言っていない、とは思うものの、自分の書いた原稿、というだけで彼女は懐疑的にならざるを得なかった。


 コンテストでは英語能力、発表内容、スピーチでの態度がそれぞれ採点されるらしい。

 紬希はどれも自信がなく、きっと自分はみんなから笑われ、最下位をとるに違いないと悲観していた。

 自分で自分をどん底に蹴落とす、まるで自傷行為だ。

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