19-02 何々の夏

 自分たちは楽しむために試作するのではない。

 当日に備えて手順を覚え、わからないことをなくすために作るのだ。

 純粋に楽しみかけていた自分の子どもっぽさに、優芽はたまらなく恥ずかしくなった。



 須藤は二人に洗濯のりの入った紙コップを渡すと、両手で支えているよう指示した。

 子どもたちはきっと、目の前で水と絵の具が加えられる様子に、熱い視線を注ぐことだろう。


「割り箸で優しく混ぜてね。全体が同じ色になるように混ぜてね」

「あの、声のかけ方メモってもいいですか?」

 コップの中身を混ぜながらそんなことを言う紬希に、優芽はギョッとした。

 そんなにも一字一句覚えなきゃいけないものだろうか。

 紬希がきちんとしすぎていて、なんだか優芽は自信がなくなってきた。


「机の上に子どもたち向けの手順書を置いておくから、それと同じ声かけをすればいいよ。スライムの作り方も覚えなくていいからね。手順書を見ればわかるから」

 それを聞いて優芽はほっとした。


「子どもたちに混ぜてもらっている間に、ホウ砂水を作ります。ホウ砂は毒性があるので、小さい子には最初と同じように紙コップを支えてもらって、私たちが注ぎ入れます。四年生くらいの子からは自分で注いでもらってもいいよ」

「毒があるんですか?」

 この質問は優芽だ。

 毒、という言葉はインパクトがある。

 単純に、そんな危険物を子どものおもちゃに使うのは心配だ。

「口や目に入らないように注意すればよっぽど大丈夫。使う量も少ないし。ただ小さい子はスライムがおいしそうに見えて食べちゃうかもしれないから、作り終わったらご両親に持って帰ってもらってね」

 持ち帰りの際には、遊んだ後は手を洗おうなどの注意事項もつけるらしい。

 もちろん口頭でも伝える。

 手順と同じく、それも覚える必要はないとのことで、優芽は胸をなでおろした。


 チャック付きの袋に記名して絵を描き、その中にスライムを入れたら完成だ。

 袋も込みで完成という形にすることで、せめて家に帰るまでは袋の上から遊んでもらおうという思惑だ。


「すごーい。スライムってこんな簡単に作れるんだ!」

 恥ずかしかったのはどこへやら、優芽は袋越しにスライムを揉みながら、「そうだ、名前つけよ。ピンクちゃん!」などと話しかけていた。

 子どもたちはもっと興奮して喜ぶに違いない。



 スライム試作の後、二人には当日の詳細も伝えられた。

 一日がかりのボランティアだと思っていたが、熱中症対策でスタッフは数時間おきの交代制とのことだった。

 二人が任されたのは午前中のスタッフだ。

 さらに、当日の工作コーナーは、二人とは別のボランティアスタッフが取り仕切ることを聞かされた。

 同じ時間に須藤も現場にいるが、彼女は紹介展示コーナーや相談コーナーを担当するのだそうだ。


 そのとき初めて、二人は自分たち以外にもボランティアがいるのだということを知った。

「大学生のお兄さんで、すごく気さくだからすぐ打ち解けられると思うよ」

 一瞬衝撃を受けた二人を、須藤はそうやって安心させた。

 須藤が大丈夫だと言うのならば、きっといい人だ。

 特に紬希は動揺して、一気に不安や緊張でいっぱいになったが、須藤への信頼がそれを消し去ってくれた。



 その後も、イベントへの細々とした準備をし、時間は飛ぶように過ぎていった。

「そろそろ片付けよっか。久我さん、手伝ってくれる?」

「はい!」

「じゃあ、あたしはいつもみたくお昼の準備をし始めますね」

「ありがとう。よろしくお願いします」

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