18-04 子どもには子どもの、大人には大人の

 生徒たちが何について話し合っていたのか知ると、今野は「すごい高度な話し合いしてるね!」と驚いた。


「僕は特に不安はなかったよ。言葉を知らなくてもジェスチャーがあるし、どうにもならなかったらスマホですぐ翻訳できるからね。精度の保証はないけど!」

 恥ずかしげもなく今野はそう言って、ニコッとした。

 案外適当な回答に、思わずみんなもニヤッとした。

「まあでも、みんなが僕みたいにちゃらんぽらんなわけじゃないから、特別な接し方を知っておくのはいいかもね。あるよ。今すぐにでもできる話し方。やさしい日本語っていうんだけど」


 やさしい日本語。

 それを聞いて、思わず紬希は優芽の方を見た。

 しかし、優芽は気づいていないようだ。

 その響きがモルモルの必要としている「易しい説明」、「やさしい言葉」と似ていることに。


「伝えたいことの趣旨は変えずに簡単な言葉に言い換えて、わかりやすく伝えるものでね。まあ、相手に多少の日本語能力があるのが前提にはなるけど、日本語が得意じゃない人や外国からの観光客を相手にするときなんかに使えるよ」

 と言われても、その場にいる全員がピンとこなかった。

「津波が来るから高台に避難しろ、じゃなくて、津波、大きい波が来る。高いところに逃げろ、とか。本日の語学部の活動は中止します、じゃなくて、今日の語学部はなしです、とか。そんな感じ」


 今野はいくつか例を交えながら、やさしい日本語のコツを伝授していった。

 相手の目を見て、ゆっくりと大きく口を動かす。

 文章を短く区切る。

 慣れないうちは言い換えに苦労しそうだったが、確かにそれは今からでも取り組める接し方だった。


「でも、やさしい日本語を知ったところで、話しかけるハードルは低くならないんじゃないですか?」

「まあね。だけど、外国語は話せなくても、やさしい日本語は話せるっていう選択肢ができる。それを使う、使わないは個人の自由だけど、知らなきゃそもそも使えない。だから、知っておいて損はないと思うよ」


 いざというとき、自分の手元に武器があれば、丸腰でいるよりも安心できる。

 万能ではないけど習得に大変な勉強もいらないし、確かに損はないのかも。

 日本部員はなんとなく今野の言うことに納得した。


「世の中、共生の時代だよ!」

 そうやって両手を広げて語りだした今野に、またも紬希はドキッとした。

 思わず優芽を見たが、やはり彼女は気づいていない。

 モルモル以外の口から、共生という言葉を聞くなんて。


「やさしい日本語は子どもや認知症の人なんかにも伝わりやすいって期待されてるんだ。なら、多文化共生以外にも使えるよね。今は機会がなくても、みんなが大人になってからはどうだろう? 子どもやお年寄りと関わることってきっとある。そうやって将来的には自分の役に立つんだから、一石二鳥だよね」

 紬希はまじまじと今野を見つめた。

 将来的には自分の役に立つ。

 それは須藤に言われた「巡り巡って自分に返ってくる」という言葉を思い起こさせた。


 かけはしのシステムはみんなにわかりやすい。

 スロープはベビーカーにもありがたい。


 弱者と呼ばれる人たちのために考え出されたものだが、その弱者と呼ばれる側になる日というのは、誰もが迎えるものなのだろう。

 その時に自分がどのくらい「弱者」になるのかは、環境や人々の心に左右される。

 今の自分たちのあり方が社会を作るから、巡り巡って自分に返ってくるのだ。


 紬希は、あのとき須藤に言われたことを、ようやくきちんと理解できた気がした。




 それどころか、もしかしたら自覚がないだけで、自分たちもすでに何らかのジャクシャなのかもしれない。

 紬希は、物事の繋がりを感じざるを得なかった。

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