17-04 鉛は押し込まれ

 そうして最終的に選んだテーマは、ゴミ拾いとかけはしでの手伝いだ。

 もちろん魔法少女については省く。



 それぞれのテーマが決まった後も、二人には困難が待ち受けていた。

 紬希は自然と、教師受けしそうな当たり障りのない作文を書けるタイプだったから、まずは日本語で難なくスピーチの原稿を書き上げた。


 苦しんだのは彩生だ。

「ダメだ! 日本語ができない!」

 悲鳴をあげながら、彼女はああでもない、こうでもないとこま切れに原稿案を並べていった。

 思いついた文は最初から英語で書きためたのが彩生のすごいところだ。

 それを繋げて整える作業には紬希と今野が大いに協力し、原稿が完成したときには三人で大喜びした。


 しかし、彩生が段々と軌道に乗った一方で、最初の調子から一転、原稿作成に難航したのは紬希だ。

 彼女が苦労したのは、日本語の原稿を書いた後だった。

 それを英文にしようと思うと、途端に筆が止まってしまったのだ。


「紬希は直球すぎ!」

 立場が逆転して、そんな紬希に今度は彩生が助言をした。

「たとえば、私は彩生ですって日本語を英語にしようと思ったら、I'm Aki.ともMy name is Aki.とも書けるでしょ? 日本語の原稿をそのまま英語にしようとしなくていいんだよ。言い換えだよ!」


 彩生の言うことは、頭では理解できた。

 冒頭の「ボランティアをする機会に恵まれました」という文章にしても、英語ではhad the chanceなどと表現すればいい。

 直訳すれば「恵まれた」ではなくて「持った」だ。

 日本語原稿に依存していては、こんなにも簡単な表現があることに気づけない。

 しかし、それがわかったところで、目の前の日本語にはどうしても引っ張られてしまう。



 バラバラの英文をスピーチらしい構成にするのに苦労した彩生に対し、紬希はもう出来上がっている日本語原稿の意味を崩して英文にすることに苦戦した。

 紬希もやっぱり彩生と今野の多大なる協力を得て、英語原稿が完成したときには三人で歓声をあげて喜んだ。



 そうやって苦労して書き上げた英語原稿だったが、人前で読み上げるとなると紬希は及び腰になった。

 原稿を書き上げて、それだけで大仕事だったし、もう良いじゃないか、という気持ちだった。

 だが、本当のスタートはここからなのだ。



 スピーチコンテストには各学校の代表一名しか出場できない。

 だから、出場候補者が複数いる場合は、校内選考などを経て、代表を決めるのが普通だ。

 でも今野はそうしなかった。

 二人とも頑張って良い原稿を書いたのだから、二人ともに出場のチャンスがあってほしい。

 そう考えた今野は、学校代表として、二人を別々のコンテストに応募することにした。


 英語のコンテストには、調べてみれば様々なものがある。

 オンラインで審査されるものや、グループで出場するもの、スピーチではなくて朗読など、多種多様だ。

 それらの中から今野は二人の書き上げたスピーチの内容と応募要項とが合っているものをピックアップし、二人の適性などを考えて、それぞれがチャレンジするコンテストを決めた。

 今野の選んだコンテストはどちらも応募すれば必ず出場できるというものではなく、まずは英語原稿の送付による一次審査があった。

 それを通れば二次審査として地区大会に進むことができ、やっと人前でスピーチができるのだ。


 今野の思いは、紬希にとってはありがた迷惑でしかなかった。

 彩生と校内で競い合うことになれば、そこで必ず落ちるという自信があったから、まだマシだった。

 コンテストに対する不安や緊張にはハッキリとした期限が付き、本番を迎える心配もない。

 しかし、出場権争いを他校とするとなれば、見えない生徒相手では自分が落ちるという確証は持てなくなる。

 期限は曖昧になり、間違って審査を通ろうものなら地獄だ。

 英語原稿を彩生や今野の前で読み上げるだけでも嫌なのに、不特定多数に向かって演説するだなんて、到底できっこなかった。

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