17-03 鉛は押し込まれ
彩生には悪いが、紬希も優芽も、虹呼の言葉に頷いた。
ベルナルドが頑張っているというのは誰の目にも明らかなことだ。
彼は短期間でひらがなを習得し、語彙数も日々メキメキと増やしているらしい。
つい先月までささくれだっていたとは思えない成長ぶりだ。
「はいはい。萌にゃんにとってベルナルドは良いポルトガル語の教材で、嫉妬するような関係じゃないですよぅ」
「う~、なんかその言い方イヤ」
彩生は歯がゆそうに顔をしかめた。
仲良しグループの間では、欲しい返事が一向にもらえないなんて日常茶飯事だ。
みんな自分勝手言いたいことを言って、平気で人をからかったり、手厳しい対応をしたりする。
でもそれはコミュニケーションの形のひとつだ。
親しき仲にも礼儀ありとはよく言うが、親しいからこそ成り立つ無礼なのだ。
表面的には笑っていても、腹の中では不満がくすぶることもあるのかもしれない。
だが、お互い様なところがあるし、大抵は不快に思えばそれを思ったままに口に出すようなメンバーだ。
グループ内で陰口を叩き合うようなこともなく、常にみんなサッパリとしていた。
そんなやり取りが、紬希は羨ましかった。
他人のことを気にしてしまう紬希にとって、それらは思いつくことすらできないリアクションだ。
真面目でどこまでも正直な彼女には「冗談」とか「嘘」とかいうコミュニケーションは難しかったし、たまに言ってみようものならみんな真に受けてしまって、慌てて誤解を解くはめになった。
自分のキャラと笑いとはつくづく相性が悪いのだと、紬希は悩ましく思うのだった。
「高遠さん、久我さん、お待たせしました」
持ち込み企画を終えた今野が、ひと息もつかずに彩生と紬希の元にやって来た。
おしゃべりもここまでだ。
「スピーチの英語原稿は仕上がったから、今日からは実際にスピーチの練習に入ろうか」
「はいっ!」
彩生が顔を輝かせて返事をした。
対照的に、紬希は逃げ道を探すかのように質問した。
「あの、まだ出場が決まってないのに、もう練習するんですか?」
紬希の言葉に、今野はもっともだと頷いた。
「それが、出場できるかわかるのが夏休みのわりと直前でね。夏休み中は里帰りの外国生徒も多くて、基本的にここは閉まるし、決まってから練習だと遅すぎちゃうんだ。もちろん、二人の希望に合わせて夏休み中でも指導はするけどね」
英語スピーチコンテストに紬希も挑戦することになってからというもの、二人は四苦八苦しながらスピーチ原稿を作ってきた。
テーマは身の回りのことや社会に向けての意見、将来の夢など幅広く、実質自由と言ってもよかった。
彩生は考えるまでもなく、英語を使う職に就きたいという将来の夢をテーマにすることに決めた。
一方、紬希は人に向かって主張したいことなど何も思いつかず、まずこの段階でつまずいた。
今野に何かを体験して抱いた感想や、まわりの人たちに対する感謝の気持ちなんかもテーマになるとアドバイスされ、ようやく二、三思い浮かんだのは優芽と出会ってから経験した数々のことだ。
紬希は優芽と出会ってから、今までになかった色々な経験をした。
中でも縁が深くなったと感じるのはボランティア活動だ。
かけはしでのお手伝いも、魔法少女になってのゴミ拾いも、語学部でのヘルプも、ついでにフミ子さんの捜索も、すべてが人助けだ。
自分のことで精一杯な紬希が、他人のために活動するだなんて、昔の紬希からしたら信じがたいことだろう。
優芽や彩生が引っ張ってくれたから、紬希は新しい世界に足を踏み入れることができた。
そう考えると、友達の大切さなんかでも原稿が書けそうな気がしてきた。
そうやって堰を切ってネタが溢れ出すと、今度はその中から最適なものを選ぶのに苦労した。
スピーチと言うからには人に聞かせて伝えるものであるから、友達への感謝で原稿を書くのは照れくさい。
部活も友達と同じで身近すぎる。
フミ子さんの件については、そもそも偶発的なことだったし、誰かに話すとなると複雑になりそうで、自分の身の丈には合わないと思った。
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