15-06 信頼という魔法
「こういう話っていうのはどういう話か、聞いてもいい?」
「あ~……えっと……」
今度は紬希がうーんと考え込んだ。
こういう話って、どういう話だろう。
改めて考えてみると、なんと言葉にしたらいいのかわからなかった。
ただ、自分には会話をしていて困るときと、そうでないときがある。
須藤に質問されて、自分が漠然とそう感じていたことに気づかされた。
「すみません……ちょっと、上手く言えないです……」
困ったときが何度もあったはずなのに、具体的にどういう場面だったか思い出そうとすると、まるで砂のようにこぼれ落ちていく。
困らなかったときもそうだ。
須藤としゃべっている今がまさに困っていないときなのだが、それだけでは「どういう話」という全体的なことは語れない。
「でも……」
解決には至っていないのだが、いつの間にか紬希の心は凪いでいた。
「あの、須藤さんに聞いてもらって、なんか、スッキリしました……」
単に心がスッキリしただけではない。
ごちゃごちゃとしていた頭の中も整理されて、紬希は自分が切り替わったのを感じた。
今なら、自分の力で違う景色にたどり着けるかもしれない。
そんな予感があった。
「あの、もうちょっと自分で考えてみます。あの……また行き詰まったら、話聞いてもらってもいいですか……?」
「もちろん!」
紬希の急な舵切りに面食らう様子もなく、須藤は柔らかく笑った。
そして、ふっと表情をくもらせた。
「でもごめんね。こんな作業の合間にちょっとしか聴けなくて……」
「いえ! すみません、作業中なのに……しかも一方的に話し始めて、終わらせちゃって……でも、本当に助かりました。ありがとうございます」
ぺこっとお辞儀をして、紬希は置いてあった電動ポンプの箱を持ち上げた。
「これ、片付けてきますね! 優芽ちゃん遅いって思ってるかな?」
須藤に背を向けて、ひそかに紬希はほほ笑んだ。
のろと喧嘩して以来、どこかいつも憂鬱で、考え方が萎縮してしまっていた。
それが嘘のように、気持ちがほぐれている。
須藤に話して、本当に良かった。
自分が、出会って二回目の大人にこんなにも信頼を寄せているというのは、驚くべきことだった。
こんなふうに、自分にはまだ自分でも知らない一面があるのかもしれない。
根本的な解決は何もしていないのだが、不思議と紬希は前向きだった。
もしかしたら、あの日からのわだかまりを、それにどんどんつかえて大きくなっていく悪い考えを、紬希は誰かに聴いてもらいたかっただけなのかもしれない。
「久我さん!」
「はい?」
駆け出す紬希の背を追いかけるように、須藤の声が飛んできた。
キョトンと振り向いた紬希に、須藤は慎重な感じで口を開いた。
「もし本当に気になるようなら、専門の機関も考えてみてね」
「……はい!」
笑顔でこたえて、紬希は軽やかに駆け出した。
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