15-05 信頼という魔法

「あの、須藤さん!」

 話しかけてしまった、と紬希は後に引けない気持ちになった。

 振り返った須藤としっかりと目を合わせられない。

「あの……個人的なことだし……ボランティア中に申し訳ないんですけど……」


 上半身をひねっていただけの須藤が、何か察したのか体全体で紬希の方を向いて、少しだけ近寄った。

 黙り込んでしまっても急かさず、言葉が出るまで待っていてくれる。

 そんな須藤に、紬希は優芽を重ねた。

 優芽も、紬希がなかなか言葉を出せないとき、いつも黙って待っていてくれる。


「あの……この間友達と喧嘩しちゃって……もう仲直りはしたんですけど、友達の言ったことを私が悪意に解釈しちゃって、勝手に私が怒っちゃったんです」

 須藤は頷いた。

「そんなことがあったんだ」

「はい……で、私ってそういうふうに他人の気持ちをわからないことがあって、なんか、そういうことがある度に……あの、こんなこと言うのは失礼なんですけど……自分って…………」

 紬希は小さく息継ぎをした。

「発達障害なんじゃないか、とか考えちゃって……」


 言ってしまった。

 言ってしまって、紬希はひたすらに怖くなった。

 肯定されても否定されても、自分は落ち込む自信がある。

 でも、何でも答えをくれる須藤には、聞いてみたくなってしまったのだ。



 須藤が口を開くまでが永遠のように感じられる。

 紬希は全身を石のようにして身構えた。


「そっか……それはつらかったね」

 聞いた途端に、紬希は涙が込み上げてきそうになった。

 そうか、自分が言いたかったのは「つらい」だったんだ、と。

 正解を語り出すでも、他人事のように大変だったね、と言うでもなく、「つらかったね」と言ってくれた須藤の言葉で、紬希は気がついた。

 自分の言いたかったことは「発達障害を疑っている」ということではなく、「他人との関わり方にずっと悩んできた」ということだったのだ。


 熱いものをぐっとこらえて、紬希はやっと、須藤をまっすぐ見据えた。

「須藤さん、私、自分のことみんなと違うって思います。これって発達障害なんでしょうか? それとも、それを言い訳にしたいだけなんでしょうか?」

 須藤がポンプを置いて、ぽんぽんと紬希の肩を優しくたたいた。

「ごめんね。私には診断はできないの」

 しゅんとした紬希に、「でも」と須藤は続けた。

「久我さんは、自分は他人の気持ちがわからないって思ったから、自分が発達障害なんじゃないかって思ったんだね」

「はい。相手の言ったことを誤解するっていうのもそうだし、みんなとしゃべるとき、何をしゃべればいいのか、どんな反応をすればいいのかわからなくて、困ってるんです」

「そっか。それでみんなと違うって思ったんだ?」

 紬希は大きく頷いた。

「みんなが簡単にやっていることが、私にはできないんです。私は……普通じゃないんです」


 自分で自分を否定する言葉を言った拍子に、少し目がうるんでしまって、紬希は慌ててうつむいた。

「自分は話すのが苦手だって思ってるんだね」

 須藤はまた優しく紬希の肩をたたいてくれた。

「こういう話はできるんです……でも、みんなとしゃべるのは……」

 うーん、と須藤は考え込んだ。


 その様子を見て、紬希は頼もしいと思った。

 困らせているという罪悪感よりも、一緒に考えてくれているという嬉しさの方が大きかったのだ。

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