15-04 信頼という魔法

「それが渡辺さんの価値観だからじゃないかな? 家の問題は家族で解決すべきだと思っているのかもしれないし、頼ることを迷惑だと思っているのかもしれない。介護を受けるのを恥ずかしいと思っている可能性もあるね」


 須藤の並べた理由はどれもあり得そうで、紬希はハッとさせられた。

 特に、他人に頼ったら迷惑になるんじゃないか、という考え方は紬希にも身に覚えがあった。

 自分のことは自分でなんとかしなきゃ、と頼ることを思いつかないことすらある。

 紬希だってそうなのだから、渡辺が周りに助けを求めないのも、きっと彼なりの理由があるのだと理解できる気がした。


「あとは老いや認知症を認めたくないのかもね。かけはしに来てる子の保護者の方で、『この子が障害だなんて何かの間違いだ、と現実を受け入れられなくて、支援を受けるまでに時間がかかってしまいました』とお話される方もみえるんだけど、それと似た気持ちがあるのかもと思ったよ」



 スラスラと「正解」を教えてくれる須藤に、二人は尊敬の念でいっぱいになった。

 実際に話しているのは理想や知識や想像なのだが、二人の目にはなんでも知ってる大人に映った。


 その「正解」を踏まえて、優芽はガッカリしたように言った。

「今の話を聞いた感じだと、あたしにできることって何もないですね……」


 優芽は須藤の口からいろんな考えが飛び出すのを目の当たりにして、他人の役に立つためには、たくさんの知識や技術が必要なのだと思い知った。

 気持ちだけではどうにもならないこともあるのだ。


 須藤の言ったことをなんとか理解はできた。

 しかし、それはその時だけだ。

 すべて右から左へと抜けていって、自分の中に知識として残った感覚はない。


 優芽は自分の頭が空っぽなのを呪った。

 紬希なら今聞いたことをちゃんと蓄えられるんだろうな、と羨ましく思ったりもした。



 でも、やっぱり須藤は、そんな時も嬉しくなるような言葉をくれるのだ。

「そんなことはないよ。渡辺さんたちのことを気にかけている宇津井さんと久我さんは、もう役に立ってるよ。それは見守りっていう、立派な活動なの。地域のいろんな人がそういう意識を持つことで、ちょっとした異変にいち早く気づいて、必要な支援に繋げられることもあるんだよ」

 優芽と紬希は顔を見合わせた。

「二人はすごいね。その年でこんなにも障害や高齢者について考えられるのって、本当にすごいよ」


 須藤に褒められると、不思議とその気になってしまう。

 二人はどちらからともなく顔をほころばせた。

「へへっ。須藤さんって本当褒め上手ですよね。……さあて! プールの確認も終わったし、あたし、箱に戻してきますね! そのままいつも通りお弁当の体系にし始めます!」

 たたんだプールを抱えて、優芽はぴゅっと駆けていった。

 彼女なりの照れ隠しなのだろう。



 その背中を見送りながら、紬希は急に自分の中でドクンと心臓が跳ね上がるのを感じた。

 須藤と二人きりになった今、自分にはもうひとつこぼしてしまいたいことがある。


 紬希の中で、申し訳なさや恐怖、でも言ってしまいたい、といういろんな気持ちが交錯した。

 そうやって散々迷って、箱に戻し終えた電動ポンプを須藤が持って行ってしまうという時、やっと紬希は思い切った。

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