15-02 信頼という魔法

「かけはしのお仕度ボックスとかスケジュール表って、わかりやすいよね?」

「はい? ひと目見たらわかるようになってますね」


 話が続いていることに戸惑いつつ、紬希はかけはしの室内を思い出した。

 水筒を入れるカゴにはラミネート加工された水筒の写真が貼ってあり、スケジュール表は常に次にすべき行動が一番上に表示されていてわかりやすい。


「あれって、支援の必要な子に限らず、みんなにわかりやすいと思わない?」

「はい……」

「街中のスロープなんかも、障害者や高齢者だけじゃなくて、ベビーカーを押している人にも役立つよね」


 何の話だろうと思っていた紬希だったが、そこまで言われてひらめいた。

「そっか! 障害のある人に配慮した環境って、みんなにとって優しいんだ!」

 新たな発見を聴いてもらいたくて紬希は口早に叫んだ。

 須藤は頷いた。

「久我さんみたいに障害を自分に関係のあることとして考えるのって、大事なことなんじゃないかな。それって相手を理解しよう、思いやろうって気持ちに繋がっていくと思うし、環境のバリアフリーと同じで、巡り巡って自分に返ってくると思うの。社会から色んなバリアがなくなっていくための一歩になるんじゃないかなって、私は思うよ」

 自分の中のマイナスな感情が一転してプラスに変わり、紬希は俄然その気になった。

 同時に、須藤の錬金術のような言葉選びに脱帽した。



「あのぅ……ムズカシイ話はわからなかったんですけど……渡辺さん夫婦はどうしたら普通に暮らしていけるんでしょうか?」

 二人のやり取りをぽかんと聞いていた優芽だったが、話が一段落したのを見計らって、おずおずとそんな質問をした。


 フミ子さんは認知症で徘徊し、渡辺はちゃんとして見えるけど家がぐちゃぐちゃだ。

 優芽からしたら、二人の生活はとても普通とは言いがたかった。

 あのままでは破綻するのも時間の問題。

 そんな気がして、優芽は何か自分にできることがあるのならしてあげたいという気持ちをずっと持っていた。


「私も詳しくはないけど……そうだなあ。一番に思い浮かぶのは介護や家事代行サービスかな。やっぱり専門家に頼るのが一番だと思う。素人が知識なし休みなしで対応するのは難しいし、介護保険ではカバーできないところは業者に入ってもらうのがいいんじゃないかな」

 優芽と紬希はフミ子さんが施設のベッドに横たわり、何から何までお世話されている様子を思い浮かべた。

 介護といえば、そういうイメージだ。


 フミ子さんは自分で歩けて、メロンも食べられるけど、認知症だから仕方ないのかな。


 須藤が言うことなのだから、フミ子さんが介護を受けるというのは正しいことなのだろう。

 でも、そうやって納得しようとしつつ、二人の中にはどうしても違和感が残った。


「渡辺さんは周りに頼りたくないみたいだけど、もう手に負えなくなってきてるって本人も感じてると思うの。だから、まずはそういうサービスがあるっていうのを知ってもらって、背中を押してあげて……って感じかな」

「介護保険だったらお年寄りなら誰でも使えますもんね!」

 自分の中の違和感を拭うためにも、優芽は元気よく肯定した。

 しかし、須藤は首を振った。

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