15-01 信頼という魔法

「ってことがあったんです!」

 まるで冒険譚のように、二人は渡辺フミ子さん行方不明事件のことを語った。

 須藤はハッと息を飲んだり、小さく拍手をしたりしながら聴いてくれて、話し終える頃には二人はすっかり満ち足りた気分になっていた。



 今月も優芽と紬希は二人でかけはしを訪れていた。

 夏本番に先立って、今日任されたのは水遊びの道具作りだ。

 ペットボトルをカラフルに彩ったり、適当に穴をあけたり。

 そうやってバケツやシャワーを手作りし、他にも保管しておいたおもちゃに汚れや破損がないかのチェックをするなど、やることは山のようにあった。


 梅雨晴れのこの日は、チャンスとばかりに子どもたちは久々のお散歩に出掛けていき、三人の方もこれ幸いと、その間にビニールプールの確認をすることになった。

 施設の裏口から出たところにはポリカーボネート製の波板屋根があり、夏にはそこで水遊びを楽しむのだそうだ。


 三人は波板屋根の下、いつもより会話に花を咲かせながら作業をした。

 空気を入れるのも抜くのも電動エアーポンプにお任せなため、気楽な作業だった。

 実際に水を張るのかと思いきや、パンパンに膨らんだプールを軽く押してみたり、放置してみたりするだけで確認は終わった。

 須藤が言うには、プールの表面に洗剤を塗って、しゃぼん玉ができないかで穴を見つける方法もあるらしい。

 でも、確認が終わったらすぐに片付けたいため、少しも濡らさずに済む方法をとりたいのだそうだ。

 大きいプールなので、乾くまで置いておくのは邪魔だし、見えるところにあると、どうしても子どもたちの気を散らしてしまうのだという。


「ま、小さい穴ならあいてても一度くらいはもつでしょ」

 細やかなイメージの須藤がそんなことを言うので、二人は少し意外に思った。



「私、フミ子さんや渡辺家の状態を見て……こんなこと言っちゃいけないんだけど……人って障害者になっていくんだって思いました」

 須藤なら怒らず共感してくれるのではないか。

 そんな期待を込めて、紬希はあの日から秘めていた考えをこぼしてみた。

 思った通り、須藤は頭ごなしに否定せず、紬希の言葉を咀嚼してくれた。


「そうかもね。歳をとって体が弱くなったり、病気をしたりして、思うように動けなくなる人はいるね」

「今は元気でも、将来的には認知症になったり、耳が聞こえなくなったり、車椅子で生活することになったりって可能性、普通にありますよね? なんか、ショックで」


 事故や大きな病気は人生で一度も経験せずに済む可能性がある。

 でも老いはすべての人間にやってくるのだ。


 須藤はうんうんと頷いた。

「そうだねぇ……自分が問題なく過ごしていると、障害って別世界のことのように感じちゃうね。でも、実はそうじゃないって思ったんだ?」

 紬希はほっとした。

 やはり須藤は自分の言いたかったことをわかってくれた。


 と感じたところで、紬希の中でこの話題は終わりだった。

 彼女は自分の感じた衝撃を誰かと共有したかっただけなのだ。

 でもそんな彼女に、須藤は少し考えてから、また話し始めた。

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