14-05 のろと紬希の当番日誌

 そんな様子を見かねて、虹呼はのろの肩をぽんぽんと叩いた。

「ボクとのろも田沼経由でマミさんに助けられたんだよ」

 紬希の仏頂面にわずかに驚きが浮かんだ。

「そう! あたしって何かすると逆に迷惑かけるし、普通にしゃべったつもりが相手にイヤな思いさせるしで上手くいかなくて……」

「マミさん、『田沼に言われて来たけど迷惑じゃないか』って、わざわざ聞いてから仲良くしてくれたよね」

 二人が顔を見合わせて笑った。


 紬希もそう聞かれた時の気持ちをついさっき体験したことのように思い出して、二人にまじって思わず苦笑した。

 自分のときと同じだ。

 そんなこと言わずに黙って仲良くなってくれればいいのに、優芽はバカ正直にそうやって聞いてきたのだ。


 紬希の表情が和らいだのを見て、すっかり肩の力が抜けたのろは、虹呼から言葉を継いだ。

「あたし、紬希もそうだっていうのがわかって嬉しくて。紬希も仲間だって思って」


 相変わらず尻切れな言葉だったが、紬希はのろの言わんとしていることを理解した。

 彼女は紬希のことを下に見たのではなく、むしろ対等な立場として、同じ境遇に親しみを感じてあのことをしゃべったのだ。



 勝ち誇っているように見えたあの表情は、ただ仲間だとわかって喜んでいただけだった。

 嘲笑われている気がしたのは、誤解した紬希が現実を歪めて解釈しただけだった。


 勝手に絶望して、怒って。

 そのことに気づいた紬希は、改めて自分のことを強く嫌悪した。


 やはりみんなは……いや、自分は「宇宙人」なのだ。

 みんなのように上手いこと相手を察せない上に、独自の解釈であらぬ方へ突き進んでしまう。

 いくら大人しくしていても、ふと自分を出したときに、自分は間違ってしまう。

 どんなに自分をすり減らして生きようと、自分は結局周りに合わせきれず、破綻するのだ。


 紬希の歪みはこうして肥大していく。



 のろと虹呼が伝わってよかったと喜ぶ一方、紬希はひそやかに憔悴した。

「ごめん、誤解して。私は普通じゃないから……」

 そんなことには気づかず、すっかり安心したのろは、紬希のことを笑い飛ばした。

「何言ってんの! それ、自分は特別ですってこと?」

「のろ!」

 気の大きくなったのろを虹呼がたしなめた。

 ご機嫌なのろの口からは、新たな火種になりかねない言葉が平気でぽんぽん飛び出してくる。

 そんなつもりはないのに嫌みに聞こえるような言い方をしてしまうから、彼女は周りから疎まれて損をするのだ。


 でも、紬希はのろの言葉を噛みしめた。

 普通ではないというのは異常であるという意味だが、自分を特別視していると言えばそれもそうだ。

 おとしめているつもりで、実は自分を孤高の存在に祭り上げている矛盾を、無邪気にあばかれた気がした。



 自分も、優芽みたくなれるだろうか?

 そんなことを思ったのは遠い過去のことではない。

 その時には自分の中に前向きな気持ちがあったというのが今では信じられなかった。


 自分は優芽にはなれない。


 ひと皮剥いてみれば、自分の気持ちにどこまでも敏感で素直で、理想どおりじゃない現実に駄々をこねている。

 臆病で思うように気持ちが出せないだけで、本当はこんなにも、自分は身勝手だ。

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